旅立ち 「…どうしても、行くの?」  旅支度を終えたやもりんが家のドアに手を掛ける。その背中に、レオはたまらなくなって声を掛けた。 「ああ、もう決めたことなんだ、すまない」 「…そう」  予想通りの、分かりきっていた答え。その答えに、レオは悲しそうに俯く。 「顔を上げてくれ、レオ」  言われたとおりにレオは顔を上げ、やもりんと視線が合う。やもりんは、まっすぐな目をしていた。 「俺は自分の可能性を知りたい。レオのおかげで、俺は才能限界を超えて強くなることができた。だからどこまで強く慣れるのか、試 してみたい。他の何でもない、ただの『やもりん』の俺として」 「だけど…!」  レオは分かっている。やもりんの目を見れば分かることだ。どんな言葉を用いても、やもりんを引き止めることができないことは。  だけど、それでもレオはやもりんに傍に居て欲しかった。イカパラダイスで、最初の頃に仲間になって、今までずっと一緒にやって きたのだ。これからもずっと一緒にやっているけるものだと信じていたのだ。それなのに。 「俺の最初で最後の我がままだ。お願いだから、聞いてくれ」 「うう…」  辛そうに、悔しそうに下唇を噛み締める。その顔を見て、やもりんは柔らかく微笑んだ。 「…レオ、やはりお前は優しいな。だから…俺はお前にこんなにも惹かれたんだろうな」  やもりんは知っている。レオの従魔である身の自分では、レオの命令に決して逆らうことができないことを。  レオが一言行くなと命令すれば、やもりんは彼女自身がどう思っていたとしても旅立つことはできない。 「…そんなこと…ないよ。本当は、今この瞬間にも、行くなって命令しようか悩んでるんだ」 「ああ。だけど、お前はそうしない。そう言うところが、優しいんだ」 「やもりん…」  その言葉に、レオは涙を堪えて彼女を抱きしめた。自分の肩にやもりんの顔を押し付け、眼下にあるやもりんの髪に自分の顔をうず めるようにして呟く。 「…必ず、帰って来てよ。約束だから」 「ああ……約束しよう」  抱きしめられたまま、やもりんはレオの肩に顔を埋めて答えた。そして、数秒後に自分からレオの身体をそっと押して身を離した。 「…レオ、俺からも約束して欲しいことがある。…いいか?」 「…うん。何でも言って」  無理に笑顔を作る自らの主に、やもりんは告げる。誓いと、約束を。 「俺の主人は、世界中でお前だけだ。だから、必ずお前の元に帰る。それは絶対の絶対だ」 「うん…」 「だから…俺が戻ってきたその時は、さっきのように…いや、さっきよりも強く、俺を抱きしめて欲しい。その約束があれば、俺はど んなことがあってもそれを支えに旅をすることができる。お前のぬくもりを忘れずにいることができる。…約束してもらえるか?」 「…約束するよ、絶対!」  レオは笑顔で頷いた。その笑顔に、やもりんも微笑み返す。 「ありがとう、レオ…」  そう一言告げて、やもりんは踵を返した。レオはもう引き止めない。彼ができることは、見送ること。  小さくなる背に、レオは最後の言葉を掛ける。 「やもりん!頑張ってね!頑張って強くなって…必ず帰って来て!」  その言葉に、やもりんは笑顔で振り向いた。どこまでもまっすぐで、純粋な笑顔で。 「ああっ!必ず!」 fin