物語の始まり?いえ、それ以前です。  ある父娘の間で、こんな会話が交わされたという。 「ねえ、父さん。あたしのとこにもジェクトのパイロットが欲しいんだけど」 「む?だが、ジェクトのパイロットは人手不足だからな。そう簡単には…」 「それくらい分かってるって。だから、今度の新規生の名簿頂戴。自分で探すから」 「う〜む、そう言われてもな。新規生の配属は個人の希望を受けた上で人事が決定するものであるから、いくら署長といえどもそのよ うな勝手は…」 「パパぁ、お願い♪」 「任せたまえ!!」  とまぁ、こんなやりとりがあって。 「……ふ〜ん……あんまりいいの居ないなぁ〜」  近代的なメカメカしいブリッジで、一人の少女が今期警際学校初任教育課程卒業(予定)者の名簿をポテチを摘みながらパラパラと 眺めている、と言う事態になった訳だ。  さて、説明が遅れたが状況を説明しよう。  この少女が現在いる場所は、警偉庁の誇る巨大遊撃警艦『パトベセル』のブリッジで、彼女はそこの艦長席に腰掛けている。  そんなところに腰掛けてる訳だから当然偉い。役職は勿論艦長…と言いたいところだが、この『パトベゼル』自体が警偉庁102番 目の警際署『青空署』であるため、彼女の役職は署長と言うことになる。まぁ、それを示すように署長と書かれた腕章をしているし。  『パトベセル』は何ぞやとか、微妙に名称が違っていることとかは本編参照。まさか、未プレイでSS読む人も居ないよね?  で、この青空署の署長の少女――七瀬ヒカリは父親にねだってゲットした名簿を手に、ポテチをつまみながら新人を物色中…と言う 訳だ。ん?なぜヒカリの父親にそんなことができたのかって?それはヒカリの父親が警偉総監(警偉庁で一番偉い人)だったからさ! HAHAHA!  因みに、ブリッジにはヒカリの他にも二人の少女がいる。オペレーター兼操舵士の端深空と通信士の桃本みつなである。とりあえず 簡単な説明はロリとドジ。もしくはクーデレと弄られ?そんなん。 「まぁ、妥当な表現かと」 「え〜〜っ、わたしはドジでも弄られでもありません〜〜」 「…二人とも、いきなりどうしたのよ?」  いきなり意味不明な発言をした二人に、奇妙なものを見るような視線を向けるヒカリ。普通は地の文など読めない。読んではいけな い。よってこのヒカリの反応は至極当然だ。  そんなヒカリの言葉に、しかし空は至極平然と返した。 「いえ、ただの電波です」 「ち、違いますよ!わたしは電波なんて……」 「まぁ、みつなが電波系なのはどうでもいいことですので。それよりもヒカリ、何を読んでいるのですか?」 「え〜っ、わたしいつのまに電波系にぃ〜!」  と慌てるみつなを当たり前のように無視して話を進めるヒカリと空。ま、いつもの風景だ。力関係が如実に分かろうと言うものだ。 「うん、父さんに頼んで新卒の名簿貰ったのよね。ほら、ジェクトのパイロット欲しいし。折角新型持ってるんだから」  ヒカリの言うとおり、この青空署にはジェクトのパイロットは居ない。ジェクト自体が新しい技術の産物のため、単純にパイロット が足りていないのだ。目ぼしいパイロットは全部本庁に取られている。あ、因みにジェクトはパ○レイバー見たいなものだと思ってく れ。それでピンと来ない方はモビル○ーツでもいいから。 「なるほど。確かに、いつまでも新型のジェクトを遊ばせておくのは勿体無い話ですね……そうしておいた方が平和な気もしますが」 「そうなのよねー。で、今探してるとこなんだけど」  クーの台詞の後半をバッチリスルーするヒカリ。彼女には自分に都合の悪い言葉を強制的に排除する能力があるのだ!…ぶっちゃけ、 身勝手なだけ。 「うう……わたしはスルー?」  うん、スルー。  ヒカリはパラパラと名簿を捲って眺めていたが、その瞳からはどんどん興味の輝きが失われていった。あー、どうでもいいけど、ポ テチ食べながら読んでるから名簿にポテチの油が付いちゃってるんだが。個人情報が載ってるので機密文書に入るのだが、そんな扱い で良いんだろうか?……これでいいのが青空署、いや、七瀬ヒカリクオリティ。 「うーん……なんかつまらないのよねー」 「ヒカリの基準で面白いと碌なことになりませんのでいいことだと思いますが」  なんて言う空の突っ込みもきっちり無視して、ヒカリは不満そうに頬を膨らませた。一々仕種が子供っぽい。可愛いからいいけど。 「だいたいさぁ、このプロフィールの身長175.3cm、体重81kgって何よ?もっとさぁ、身長55m、体重55.5tのよう な面白いのは居ないの?」 「どこのコ○バトラー○ですか、それは?」 「趣味だって読書とかスポーツとか無難なとこに逃げてる奴ばかりじゃない。『キシャーッ!と奇声を上げること』とかさ『痙攣した ままムーン○ォークすること』とかもっとオリジナリティに富んでないとつまんないじゃない」 「あのー、わたし的には、そんな趣味を持ってる人が同僚になるのはそこはかとなく嫌なんですけど……」 「む〜〜、つまんないったらつまんなーい!」 「だだっこですか、あなたは…」  はぁ〜と妙に重い溜息を吐く空。こんな署長に振り回されて、きっと苦労しているんだろう。 「いえ、演技です。結構気楽にやってますよ」  …気楽らしいです。  ヒカリはもう完全に名簿に対する興味をなくしたみたいで、よそ事考えながらつまらなそうな目で名簿を繰っていた。 (う〜ん、だいたいさぁ。こーゆー細かい仕事はあたし向きじゃ無いのよねー)  自分で言い出したくせにこの言い草。さすがは傍若無人を絵に描いたような署長である。 (なんか言った?)  いえ、何も。……日和るのは賢い選択です。今更地の文に突っ込むなと言うのは無粋の極みなのです。 (もう人事に任せちゃおっかなー。言っておけば一人くらいはよこしてくれるだろーし。て言うか、もう探すのかったるい)  なんと言うものぐさ。さすがは(以下ry (……………ん?)  ふと、ある名簿を見て突然手を止めた。そのまま名簿の写真に映っている男の顔をマジマジと見つめてしまう。  顔の作りは……まぁ、採点基準を甘くしてやれば整っていると言えるかもしれない。ただ、目元がうざったく伸ばされた前髪のせい で半分以上隠れてしまっているため、イマイチ分かり辛いが。こんな前髪で鬱陶しくないのだろうか?おまいはエロゲの主人公かと問 い詰めてやりたいくらいだ。  ただ、ヒカリが気になったのは……いや、どう説明したものか……とにかく名簿の手を止めてしまったのはそんな些細などーでもい いことが理由ではない。その男の前髪から覗く瞳が原因である。その瞳の光に、他の新卒の警際官とは一線を画したものを感じたのだ。  いや、それさえも後付けの説明かもしれない。簡単に言えば……運命?うん、きっとそんなものなのだ。 「うん、どうしたんですか、署長。いい人でも見つかりましたか?」  手を止めたヒカリに気付いたみつなが、後ろから名簿を覗き込む。 「あ、この人結構タイプかも……ふんふん、赤島殉作さんかぁ……って、凄いじゃないですか、この人!ジェクトの成績がAですよ!」 「…へっ?……あー、ああ、そうね」  みつなが耳元で大声を出したことで、ハッと我に返るヒカリ。ずっと、まるで思考停止したように見入ってしまっていたようだ。慌 てて取り繕っているが、これは恥ずかしい。  幸い、ドジで弄られで天然で面白キャラのみつなには気付かれなかったが。 「……なんかさっきよりも二つほど増えてるのが気になりますけど……こほん。とにかく、それで署長はこの人に目をつけたんですね?」 「……へ?」  思い切り間の抜けた声を返してしまう。いやだって、さっきの台詞もほとんど聞いてなかったし。 「え?その、ジェクトの成績が抜群だから、この人をチェックしてたんですよ……ね?」 「あ、あーあー。うん、と、当然じゃない!」  メチャメチャどもってる。噛むのはみつなの専売特許「違いますよぅ!」の筈なのに。て、突っ込み早っ!  その遣り取りで興味を惹かれたのか、空もヒカリの傍にやってきて名簿を覗き込んだ。あ、操縦はオートにしてあるので。と言うか、 オート化されてなけりゃ、ブリッジに3人だけとかあり得ないし。 「ふむ、赤島殉作ですか。中々不吉な名前ですね」  確かに、二階級特進の『殉死』を容易に連想してしまう名前である。警際官にとって、これほど不吉な名前があるだろうか? 「…むしろ、うちの部署に相応しい名前かもしれませんが」  ニヤリとすっげぇ楽しそうに黒い笑みを浮かべる。  ただ、空は演技でなく結構本気で楽しく感じていた。この男の顔を見て、何かピンと来たのだ。具体的に何かまでは分からないのだ けれども。 「クーの言う通りね!うちの部署にこれほど相応しい人材は居ないわ!」  みつなと空の二人が二人とも好意的な感想を示してくれたことが嬉しかったのか、ヒカリは突然立ち上がってビシッとポーズを決め て声を張り上げた。それから改めて名簿をチェックする。……実は、写真以外の部分はこの時点ではまだ見ていなかったりするのだ。 (ふんふん、名前は赤島殉作か…んー、ジュンで決定)  ヒカリは勝手に名前をつける癖がある。先程、空をクーと呼んだのもそうだ。因みに、このSSでは機会はないが、みつなのことは ももちーと呼んでいる。  そのまま項目を見ていく。  ジェクトの成績A。点数で見ても抜群。マーベラス!  プロフィール、平凡。……減点。  趣味&特技、共に平凡。……ここにきてソレはないんじゃない?さらに減点!  警際官を志望した動機、『警際官になり、街と市民の平和を守るために戦うため』 「採用決定!!!!!」  最後の項目を見て、一瞬で決まった。ジュンは青空署が頂く。文句は言わせない。  いきなり声を張り上げたヒカリをびっくりした顔で空とみつなが見ているが、それに構わずヒカリは艦内放送ボタン(緊急用)を一 瞬の躊躇も見せずに押した。…それ、一応、非常事態用なんですが。 「アップルジャーーック!!」  突然の緊急配置放送に、署内が俄かに慌しくなる。 「あ、ごめん、ついいつもの癖で間違えちゃった。今の無しね」  ズダダダダダッ!とまるでド○フのコントのように緊急配置に付こうとしていた署員たちが一斉にコケた。うん、こーゆー署長の下 だとこんな署になるんだろう。覚えておこう。きっとテストに出る。 「コホン。署の皆に、これから重大な報告がありマース!」  そして何事もなかったかのように続けるヒカリ。彼女の信念は省みないこと。過去に拘っていては未来は拓けない。 「なんと!我が青空署に、新しくジュンが配属されることが決定したわよ!みんな、よろしくしてあげてねー!」  は?ジュン?なんだそりゃ?と署内に困惑が広がる。と、続けて放送が入った。空だ。 「私が詳しい説明をします」  空の小柄な割にはよく通る冷静な声が、スピーカから流れ始めた。 「時は宇宙世紀0079……」 『ボケはいいから』  その声が届かないことを分かっていても、署内の全員が思わず突っ込んでいた。 「と、冗談はさておき、先程のヒカリの言葉について私から詳しく説明をします」  ピッ、と署内の各地に設置されてある(娯楽室とか食堂とか個人の部屋とか)ディスプレイに、赤島殉作の顔写真が映し出された。 頭脳明晰で違いを知る女、空は個人情報が載せられた名簿をそのまま晒すような愚かな真似はしないのです! 「ヒカリがジュンと呼んでいたのは、今ディスプレイに移した人物のことで、名前を赤島殉作といいます。ヒカリのいつもの我がまま によって、彼が我が青空署に配属されることが内定しました。今期の警際学校で初任過程を終える卒業生なので、階級は当然一番下の 巡士。下っ端アーンド後輩なので、皆さん思う存分こき使ってあげてください」  さりげなく黒い台詞に、署内の各地から思わず苦笑がもれる。ユーモアも分かる女、空。真にできた女傑よ…! 「さて、気になる彼の担当ですが……彼にはジェクトのパイロットを担当してもらいます」  おおっと今度はハンガーが騒々しくなる。無理も無い。ジェクトのパイロットを最も待ち望んでいたのがハンガーにいる整備士達な のだから。 「なお、男のプロフィールなんて紹介されても楽しくないので黙っておきます。気になった方は個人的に聞くようにしてください。放 送は以上です。大変お騒がせしました(ペコリ)」  マイク越しに頭を下げた様子がなぜか伝わり、放送は締めくくられたのだった。 「あの……通信士の私の立場は……?」 「そのようなものは最初からありませんよ、みつな」 「はぅ〜…」    さあ、ここらで一つ場面を変えてみよう!  衝撃の新人配属報告!それに対する周りの反応は……?  まずはハンガーの皆さんからどうぞ!  俄かに騒がしくなったハンガーで、整備主任をやっている伊月は、興奮した様子で班長に話しかけた。 「おい、おやっさん聞いたかい、今の!とうとうウチにもジェクトのパイロットが来るんだってさ!」  班長はおやっさんと呼ばれている。まぁ…そんな感じの人なのだ。分かれ。 「ああ…今までずっと埃を被らせてきたコイツも、ようやく役に立つ時が来たか…」 「おいおい、埃なんて被らせてないぞ。このあたいが毎日、しっかり整備してたんだからさ」 「はっはっはっ、分かってるさ。そう言う意味じゃねえよ」  本当に嬉しそうに言葉を交わす二人。ジェクトのパイロットの配属…それは、整備班が焦がれていたことなのだから。少しくらい浮 かれるのも無理は無い。 「赤島殉作かあ……ああっ、どんな奴なんだろうなぁ」 「なんだ?そんなに気になるか?…そう言や、さっきも随分熱心にディスプレイを見てたが、お前もついに色気づいてきたか?」 「よせやい、そんなんじゃないって」  赤くなることもなく、あっさり否定する伊月。彼女は実に魅力的なバディの持ち主(ぶっちゃけ巨乳)で、しかも何気に露出の多い 服を着ているくせに、異性に対してはからっきしであった。伊月曰く『胸なんてただの脂肪の塊』『この格好の方が動きやすくていい 』とのことだが、同じ職場で働く男性諸氏にはちょいと刺激が強くて困ってるそうだ。  それはさておき、伊月はそのまま先程熱心にディスプレイを見ていたことについて説明した。 「あたいはただ……あたいの整備したジェクトに乗る奴がどんな奴なのか、見たかっただけさ」 「なるほどな。で、感想はどうだい?」  訊ねてくる班長に、伊月は渋い顔を見せる。 「感想ったって…まだ写真でみただけだろ」 「それでもかまわねぇよ。で、どう思った?」 「そうだなぁ……」  思い出してみる。やはり、印象が強いのはあの鬱陶しそうな前髪。しかし、なぜか不快な印象は受けなかった。むしろ… 「そうだな、結構いいんじゃない。あたいは気に入ったよ」 「へぇ…そうかい」  ニヤリと笑う班長。何か言いたげな笑みだったが、それについてはあえて触れようとせずに別の話題を振った。 「しかし、こいつ(新型ジェクト)はかなりのじゃじゃ馬だからなぁ……新任の若造が乗りこなせるかどうかが問題だな」 「なぁに、心配要らないさ」  班長の言葉を、伊月は実にあっさりと笑い飛ばす。 「あの署長が選んだ男なんだぞ。大丈夫に決まってるさ」 「なるほど、そりゃそうだ」  二人とも署長に振り回されているが…それでも、署長の人を見る目は信頼している。それは、この青空署の署員を見れば分かること だ。  一頻り笑って、伊月はもう一度ディスプレイを見た。そこには、まだ赤島殉作の写真が映し出されている。 「ああ、早くこないかな…それであたいの整備したジェクトを見事に乗りこなして…」  その時だけ、まるで恋焦がれる乙女のように瞳を輝かせていた。  次は食堂。  都合のいいことに医務室の駿河葉澄まで来ている。うん、これで艦内シーンは終れるな。  決してご都合主義じゃないことを理解して、食堂の様子を、どうぞ! 「赤島殉作さんかぁ……どんな人なんでしょうね」  コック長の野々宮柚子はテーブルの向かいに座っている葉澄に楽しそうに話しかけた。  幸い…と言うか、現在食堂は食事の時間ではないので閑散としている。…もっとも、食事の時間になったら、新任の話題で持ちきり になるだろうが。因みに、葉澄は食堂が空いていることを知ってサボリに来ているのだ。艦内の医務全般を担当する葉澄…しかし、彼 女は医務室に中々いないことで有名だった!…ダメじゃん。 「写真で見る限りじゃ、なかなかかわいい子だったじゃないか。楽しみだねぇ」  楽しそうに艶っぽく笑う葉澄。露骨な言い方をしてしまえば、美味そうだと思った。…彼女が食人鬼という意味では決してなく、エ ロゲ的な意味で、ですよ? 「葉澄さんはどんな人だと思いますか。私は兄さんみたいに優しくてカッコいい人だといいなぁ…」  うっとりとした目で語る柚子に、また病気が始まったよと嘆息する。  柚子は料理の腕前も超一流で、性格的にも好感がもてるのだが……このブラコンはどうにかならないのだろうか?いや、柚子自身が どうにかしようと努力していることは知っているが。だから兄のいないこの場所で働いていると本人も言っているのだし。  葉澄はそんなことを益体なく考えながら、フゥーッとタバコをふかした。あ、ここ喫煙席なので。 「ま、若くて元気のいい子だといいんだけどね。…楽しめるから」 「兄さん……ぽっ」  まぁ、食堂は平和だということで。  ハンガーと比べて随分と短いとかいうのは禁句ですよ。  で、まぁ艦内にいるヒロインは終ったけど、まだまだ忘れちゃいけない人が居る! 「新しい風を感じますわ……」  その女性は高みから地上を見下ろし、その美しい金髪を風に弄らせていた。 「そう、この美しい私が、さらに華麗に!エレガントにっ!羽ばたける風……!」  そして、女性は感極まったかのようにバッと両腕を広げた。 「そう!この怪盗ロールの新しい伝説を告げる風が、間もなくやってくるのですわ!オーッホッホッホッホ!!!」  そして彼女――怪盗ロールは、艶やかにもよく響く声で高らかに笑い声を上げたのだった。  ………… 「ねぇ、ママ。あのクルクル頭(巻髪のことを言ってるらしい)のおねーちゃん、なんで電柱の上に立って奇声を上げてるの?」 「しっ、見ちゃいけません!」  すぐ足元で、そんなやり取りがあったことなんて、露知らずに。  さて、再びブリッジへ。  やっぱり締めはこの人にやってもらいましょう。  放送が終った後。  ヒカリは改めて赤島殉作の名簿を…正確には、それに載った写真を眺めていた。  今なら分かる。自分が、一目見てこいつに決めていたことが。  あの時は一応判断材料としてプロフィールも見たが、それに不満があっても絶対に配属させていただろう。そう、例えジェクトのパ イロットの技能が無かったとしてもだ。  そう、あの時はよく分からなかった感覚を、今になって唐突に理解したのだ。 (ジュンがいれば……もっともっと楽しくなる!)  それは既に確信だった。  一度も会ったことの無い相手に対し、こんなことを感じるのは変なのかもしれない。  だけど、それでも、確信する。なぜなら、自分の直感を信じているから。なぜなら、あたしは七瀬ヒカリだから……! 「ふふっ……早く来なさいよ、ジュン。決して忘れられない、楽しくて、ドキドキするような日々があんたを待ってるんだから」  ヒカリは写真を見て、魅力的に、挑発的に、そしてとても楽しそうに、不敵に微笑んだのだった。  fin  another episode  黛玲於奈警偉は、ジェクトから降りてヘルメットを外すと、髪に纏わり付いていた汗を払うように頭を振った。  汗が飛び散り、照り返す光が彼女をより一層美しく際立たせる。  キャリア組なのにも関わらず積極的に現場に出て、誰よりも早く警偉にまで上り詰めた若き出世頭の美しい女警際官。それが黛玲於 奈だった。  そしてもう一つ、現在の警偉庁において、唯一、新型パトロールジェクトを操縦するエースパイロット――  彼女はそのジェクトで一仕事終えてきた所だった。 「お疲れ様です。黛警偉」 「ありがとう」  後輩の女警際官が渡してくれるタオルを礼を述べて受け取って、額の汗を拭く。その姿ですら、様になっている。その光景を、後輩 の女警際官はうっとりとした視線で見つめていた。 「……何?」  視線に気付いた玲於奈が低い声で尋ねる。静かでありながら、詰問するような強さをもった声だった。その声に、後輩は慌てて姿勢 を正して答える。 「いえ、その……今日の黛警偉のご活躍、本当にお見事でした。私、憧れてしまいます」  夢見る少女のような視線で語る後輩を、玲於奈はことさら冷たい視線で眺めた。その視線に怖気づくように、後輩が一歩下がる。 「…憧れるのは結構だけど、それならそうなれるように努力することね。憧れるだけなんて、何の意味も無いわ」  素っ気無い口調で告げて、そのまま立ち去っていく。後輩が怯えたような戸惑ったような表情でその場所に佇んでいたが、玲於奈は もう何の関心も示さなかった。  更衣室に来て、パイロットスーツからいつもの警際官の服に着替え終ったところで、彼女はふぅ…と小さく嘆息した。 (……ジェクトの犯罪は日に日に増加傾向にある……)  新しく、そして強力な技術であるが故のジェクトは、それだけに異様なスピードで世間に広がり……同時に、犯罪にも使われるよう になった。 (それに対し、警際側の対策はほとんど変わってないのが現状……仕方のないこととは言えども、歯痒いわね)  新しい技術であるが故に、警偉庁ではジェクトのパイロットの数は少ない。玲於奈ほどの操縦技術を持っている者、と言う条件まで 絞り込むと彼女一人しか残らないであろう。そのくらい、人材不足は深刻だった。  これには色々な原因がある。先に述べたものの他にも、ジェクトの性能の差の問題もあった。  ジェクトは現在産業として発達し、各大手企業で競争するように開発が行われている。警偉庁のジェクトが劣っているとは言わない が、それでも抜かれるのは時間の問題だといわれている。  加えるなら、警偉庁のジェクトはあらゆる状況で活躍できるよう、柔軟な思想でもって作られている。その分、単純にパワーだけを 求めたジェクトに対し、馬力の面で大幅な遅れをとってしまうのだ。  現状では、ジェクトによる事件が起こった時、一体のジェクトに対し4〜6体でチームを組み、複数係で押さえ込んで止めるという 手段が取られているのだ。これは明らかに過剰な人員投与である。更に言うなら、ジェクトを止めるのに確実な動力部の破壊を皆やり たがらない。理由は単純で、誤って操縦者に怪我を負わせてしまったら責任問題に問われる可能性が出てくるからだ。そのため、4〜 6体もの数を導入しているにも関わらず事件解決まで時間がかかる。これはさらに人手不足を加速させ、事態をさらに悪化させていた。 (まあ、それを分かっているからジェクトのパイロットになる道を選んだのだけれども)  人員不足と言うのは、裏を返せば競争相手が少ないということ。  だからこそ、玲於奈は現場で多くの活躍をし、異例とも言えるスピード昇進を成し遂げることができたのだ。  そう言う意味では今の現状にあまり文句は言えないが……それでも不満は募る。 (別に一対一で押さえられるようになれとまでは望まなくていい……ツーマンセルで十分……)  そう、例えば自分と同等以上のジェクトの操縦技術を持つパイロットが居れば……  自分はロングレンジにおける射撃を得意としているから、対照的にクロスレンジを得意としていることが望ましい。  可能なら、パワーで相手に劣っていても、技術で相手を押さえ込めるほどの操縦技術を持っていれば……理論上なら、関節の稼動が 非常に細やかな新型パトロールジェクトなら、それは可能な筈で…… 「……ふぅ、らしくないわね」  そんな夢想じみたことを考えて何になるというのか?他のエリートと呼ばれるパイロットでも玲於奈の技術には遠く及ばないという のに。  しかし、それでもどうしても考えてしまうのだ。  そのような卓越した技術を持つ者と、ツーマンセルでコンビを組むことができれば……自分はもっと上へと駆け上がれるのに。そし て、何よりももっと犯罪を防げるのにと。 (…バカげてるわ。現状でできることで対策を練るべきだというのに)  小さく頭を振って思考を追いやる。その時、更衣室のドアが開いた。 「黛警偉、いる?」 「はっ」  敬礼して答える玲於奈。入ってきた相手は同じ警偉だが、自分よりも先輩なので敬意を払うことは当たり前だった。 「副総監が呼んでいるわ。直ちに準備して」 「…は?副総監が、ですか?なぜ私を?」 「なんでも、直接依頼したい極秘任務があるとか……もしかしたら、青空署絡みのことかもね」 「青空署の…」  その名前に、玲於奈の顔つきが険しいものに変わる。玲於奈にとって青空署とは、傍若無人な悪行で警偉庁の支持を地に落とす癌で しかなかったからだ。 (まったく、アレが有効活用されてさえいれば、どれだけ迅速な事件解決が可能になることか……)  心のうちで不満を零し、手早く支度をする。 「副総監は第一会議室に居るわ」 「連絡ありがとうございました。これから直行します」  彼女は規律正しい姿勢で一礼すると、更衣室を後にした。  そして、全ての舞台が整った――  後書き  ども、KINTAです。遊撃警艦パトベセルSSをアップしました!  うん、正直スマン。…いや、最近積みゲー崩しにやったら結構面白かったんで、ついフラフラーとw  まあでも、パロネタや2ちゃんネタに左程明るくない自分では、このゲームのSSは基本的に無理ですな(ぉ  今回は物語の始まる前、と言うことでやっちゃいましたが、さすがに何度も書こうとは思いませんし、ネタも浮かびません。恐らく は、これきりになるかと。  一応、書き方はノリ重視にしたつもりですが…おかげで一人称と三人称がカオスに混ざり合っちゃったけど。ま、自分、文章手繰る のは下手だから仕方ないですけどね。  今回のSSのように、物語の始まる前を想像して書く、と言うのもまあ王道ですな。メインヒロインのヒカリが妙にジュンに拘って たんで、その理由付けをしたかったと言うのもありますが。  …自分、物語中盤くらいまで、ヒカリは実は幼い頃夏休みに避暑の目的で主人公の田舎で暮らしていた時があって、その時に主人公 と面識ができていた、くらいの設定はあると本気で思ってましたからね(爆笑)  だって、あれだけ親しげに、のっけからアダ名でジュン、ジュンを連発でしょ?そりゃ、勘ぐりたくもなると言うものです。  後、自分の一番好きなキャラは玲於奈です。ストーリーには少々不満があるけど、キャラでは断トツです。あのデレは何気に新境地 じゃね?another episodeで書いた話のキャラ背景とか書いてない部分も踏まえてかなり考えました。作りこんだ、とは言えないのが 悲しいが。  さて、恐らくはこれきりになると書いたのですが、実はもう一つだけネタがあったりします。  ヒカリEND補完ネタです。若干不満があったので、自分なりのフォローをしようと。こーゆーときは無駄に話が浮かぶ浮かぶw  まあでも読んでくれる人が居なけりゃ意味がありませんので、読者の反応を見てということで。ぶっちゃけ『ヒカリの話も書いて』 のようなコメントが一つでもあったら書くと思います。それほど長くない(予定)のSSなので。    それでは、宜しければ感想を頂けると嬉しいです。感想はSS執筆意欲を増すための促進薬です。摂取すればするほど効果が上がる と言う特殊なものですが。  ではでは。