最悪な結末を越えて 「待ってるから………ね」 「ああ、絶対に会いに行く」  私は、そんな二人のやりとりを、少し離れたところから静かに見守っていた。  感情を押し殺して、無機質に、無感動に。  ただ静かに、見守っていた。  ――知らず内に、両手を爪が食い込むほど強く握り締めていることにも気付かないくらいに。 「……ん、あれ?」  不意に意識が浮上する。私は気付いたら見覚えのある机に向かって腰掛けていた。 (ええと…?)  すぐに状況が理解できない。  慌てたように周囲を見回すと、見覚えのある部屋の内装が目に入る……光陵学園女子寮の私の部屋だ。ただ、何か違和感を感じた。  それを確かめるようにもう一度、今度はじっくりと部屋を見回して違和感の正体に気付く。  私が学園生活で買った小物や本の類が減置いてない、逆に新しいものを手に入れてしまっておいたものがそこに飾っておいてある。 そして、何よりも顕著なのは… 「…4月?」  部屋の月捲りのカレンダーは去年の4月になっていた。私は毎朝カレンダーの前日の日付に斜線を入れているから、今日が4月8日 であることを締めてしていることが分かる。もう現在は卒業を間近に控えた3月初めだと言うのに… 「……もしかして、鐘の力で時間を遡って……」  念のため携帯で確認……ポケットに入っていない。そう言えばこの頃はまだ買い換えてなくて、充電池の調子が悪くて自室に戻るた び充電していたんだっけ。  机に置いてある充電器のところに、携帯はセットされてあった。分かっていたことだが、それでもあったことにほっと小さく息を吐 いて、手にとって液晶を確認する。 『4月8日、17:07』…時間的に、授業を終えて自室に戻り、復習していると言ったところか。改めて机の上を確認すると、テキ ストとノートと筆記用具が置かれている。加えるなら、実際復習している最中だったんだろう。ノートの文字が不自然なところで止ま っている。 (…でも、何でこの日に?)  いつもなら、鐘の力を使った後は元の時間に戻っていたはずだ。どうして過去のこの日に戻ってしまったのか? (そう言えば……確か、ユウキとフィルのことがナツミの新聞にスクープされたのが明日だったわよね)  あの一件は、あまりにも衝撃的な事件だったので日付まで覚えている。明日のことなのに『だった』と言うのは変な感じだけど。  つまり、ユウキとフィルが出会う前まで……もしかしたら、フィルがユウキに気付いた瞬間に戻されたのかもしれない。ユウキにと っての『前』との違いはそこから生まれる筈だから。 (……メール、してみようかな?)  ユウキもやはりこの時間に戻ってきているのだろうか?気になった私はそんなことを考えたが、結局止めた。私が戻されているのだ から、ユウキがそうでない可能性は低いけど、もしもと言うこともある。そう考えたら、どんな内容を書いて送ればいいのか分からな かった。 (明日、直接話してみるしかないわよね)  そちらの方が対処しやすいし、恐らくユウキもそう考えているだろうから。  携帯を置いて、ふと嘆息する。浮かんでくるのは、ユウキとフィルが最後に交わした約束の言葉。  未練はない……つもりだ。ユウキとフィルは、どこから見てもお似合いのカップルだった。  だけど、気にならない筈は、無い。 「ユウキは……本当にフィルを探しに行くつもりなのかな?……行くに決まってるわよね。アイツ、バカなんだから」  その呟きは、そのまま部屋の空気に混ざって消えていった。  翌日。  当然だけど、前にあったユウキとフィルの記事を載せた号外新聞は発行されていなかった。  その日の放課後、私は人目に付かない場所でユウキと落ち合った。  私の予想通り、ユウキも私とだいたい同じ時間に戻されていたらしい。多少の齟齬を考えれば、まったく同じ時間に戻っていたんだ ろう。 「…これから、どうするの?」  互いの状況を整理し終えたところで、私はユウキにそう訊いて見た。答えは予想できるけど… 「勿論、フィルを探すつもりだ」  ユウキはきっぱりと答えた後で、「でも」と苦笑を浮かべた。 「とりあえずは学園を卒業してからだけどな。大陸中を探し回るにしても、冒険者の資格があると無しじゃ全然違うし」  その言葉にはもどかしそうな感情が混じっていたが、とりあえず私はその返答に安心した。短慮に任せて、学園を中退して探しに行 くと言い兼ねないとも思っていたからだ。 「そう」  そんな自分の内心を悟られたくなかったから、あえて素っ気無く答えた。  その後は二度目になる学園生活をどう過ごすかを相談して、その場は別れた。  二度目の学園生活は、一度目とほとんど変わらなかった。  プール掃除をやらされたり、リカルドが学園に押しかけてきたり、強化合宿に行ったり。  違うのは、フィルがいないと言うことだけ。  フィルがいなくてもほとんど変わらないという現実は、少し私を切なくさせた。……ユウキは、どんな気持ちだったんだろうか?  そして、学園生活も後半に差し掛かった頃… 「りんりん、ちょっといいのさ?」 「ん、どうしたの、ナツミ?」 「りんりんとナギーって、本当は付き合ってるんじゃないのさ?」 「……………はぁっ?!」  私とユウキが付き合っているという噂が流れ始めた。  初めてナツミから聞いた時は耳を疑ったが、よくよく考えて見たらそんなおかしな話でもなかったと思う。  私とユウキは過去に戻っていることで、何か拙い事をしてしまったら(先のことを見てきたかのように語ってしまうとか)互いにフ ォローが出来るように一緒に行動することが多かった。未来を知っていることのでの打ち合わせのためユウキと二人で会うことも多か ったし、週末のダンジョン実習も力をセーブしなくても済む気安さからほとんど二人で潜っていた。  …こうやって考えると、平日休日含めてほとんどずっと一緒にいるとも言える。なるほど、噂にもなろうと言うものだ。  もっとも、聞かれた時の私の答えは決まっていた。 「そんな訳無いじゃない。ユウキはただの幼馴染よ」 「む〜、ホントなのさ?いっつも一緒にいるのにさ?」 「幼馴染のよしみで一緒に行動することが多いだけよ」  苦笑を浮かべて、いかにも何馬鹿なことをと言いたそうな様子で答えてやる。こう言うのは過剰に反発するのが一番突っ込まれる。 さらっと流してしまうくらいで丁度良い。ユウキも多分同じようにしていただろう。  ただ、この噂はついぞ学園を卒業するまで消えなかった。お互い否定していても、その後もずっと二人で行動していたのだから仕方 が無い。嘘をついて誤魔化しているとでも思われていたのだろう。バカな話だと思う。  ……本当に、バカな話だった。ユウキにはフィルがいるのだから、私と付き合う筈なんて無いのに。  そして、それを理解していても、周囲から付き合っていると見られていることを少なからず嬉しく感じてしまっていた自分こそが、 本当にバカだったと思う。  この噂が流れた始めた頃に、ユウキが一度だけ私に謝罪してきた。  困惑したような苛立っているような、どうにも曖昧な表情で、気まずそうに小さく頭を下げた。 「…悪かったな。俺のせいで変な噂に巻き込まれて」 「…別に、気になんかして無いわよ。ユウキに協力するって言ったのは私なんだから」  そう、私もフィルを助けたかった。だからユウキと共に過去に戻った。なら、こんなことはついでくらいのことでしかない。  ただ、ユウキがこの噂をどう思っているのかは、少し気になった。……聞く勇気は、どうしてももてなかったけど。  他には大した波乱もなく、3学期になり1月が過ぎ2月が過ぎ……そして、私達の経験した未来をも通り過ぎて、無事学園を卒業し た。  学園を卒業したユウキはフィルを探すための準備を始め、私も新大陸に旅立つための準備を始めていた。  さすがに、フィル探しの旅にまでは付き合う気になれなかった。私がいては邪魔になるのは間違い無いし、ユウキとフィルが再会し …そして、無事に恋人になれたとき、素直に祝福できる自信も無かった。  …正直に言うと、新大陸にもあまり興味は無い。私が冒険者になろうと決意したのは、ユウキに置いていかれたくなかったと言う、 だたそれだけの理由なのだから。だが、そんな事情は今となってはずっと胸の内にしまっておくしかない。だから、それを誤魔化すた めにも、一度は冒険者として活動しておく必要があった。  そんな折、お姉ちゃんが卒業祝いだと私とユウキの二人を呼び出して、そして、とんでもない卒業祝いをもってきた。 「ユウキ、シンおじさん…無事に発見されたよ」 「……親父が?」 「ああ、今は新大陸のコルウェイドで療養してる。……本当は、もう半年くらい前には見つかってたんだけど、ユウキがショック受け ると思って卒業まで秘密にしてた。…今まで黙ってて、悪かったね」 「そうか……親父、見つかったのか……沙耶さん、気を遣ってくれてありがとうございます」  そう言った時のユウキは、驚きとか困惑とか……色々な感情が綯交ぜになったような複雑な……曖昧な表情をしていた。  私も当然驚いた。もともと、ユウキは自分の父親のシンおじさんを探すために冒険者になろうとしていたのだ。それが、こんな形で いきなり無くなってしまうなんて。  それからしばらく話をして、お姉ちゃんは私達に「冒険者の先輩として、何かあったらいつでも相談になるからさ」と言って去って いった。  お姉ちゃんが居なくなってから、私はユウキに改めて訊いて見た。 「ユウキ、その……お父さんのこと……」 「ああ……いや、見つかったことは素直に嬉しいぜ」  私の問いに、ユウキは無理をしたような笑みを浮かべてから……俯いてポツリと付け足した。 「……俺は、親父よりもフィルを優先しようとしてんだ。だから、これで良かったんだ」  前髪の隙間からのぞくユウキの顔は、喜んでいるような悲しんでいるような、とても曖昧な表情をしていた。  ふと、思う。ユウキの表情は、いつのまにこんなにも曖昧になってしまったのだろうか?  小さい頃の、いつも一緒に遊んでいた頃のユウキは、喜怒哀楽をとてもはっきりと表情に出していたのに。  そして、私が新大陸に旅立つ日がやってきた。  私はその日、見送りに来てくれたユウキに、今までどうしても聞けなかったことを思い切って訊いてみた。  ……今まで、怖くて聞けなかった、しかし、私にしか聞くことのできないことを。 「ユウキ……もし、フィルが見つからなかったら、どうするの?」 「見つけるまで探し続ける」  即答だった。この答えは、少し私を悲しませたが、予想通りだった。本命は、次の質問だ。 「じゃあ……もし、フィルを見つけたその時に、フィルに恋人が居たり……結婚していたりしたら、ユウキは、どうするの?」 「………」  今度は、すぐには答えは返って来なかった。  だが、答えに詰まったのは考えてなかったからと言う訳では無いだろう。どれほど楽観視していても、考えずには居られないことだ。 「……フィルが幸せなら、素直に身を引くさ」  たっぷりと間を置いた割には、実に素っ気無くユウキはそう言った。  その素っ気無さが、逆に私を不安にさせる。そんなに、簡単に割り切れる話ではない筈なのに、どうしてそんなことあっさりと言っ てしまえるのか?どうして……また、そんなにも曖昧な顔をしているのか? 「……それで、本当に平気なの、ユウキは……?」 「平気も何も無いさ。俺の望みは、フィルの幸せなんだから」  それは……本当にそうだったのだろうか?ユウキの望みは、フィルと幸せになることだった筈なのに。  私は尚も問い詰めようとして、ユウキの片手に遮られた。そして、手が下ろされた向こうにあるのは、曖昧なユウキの微笑み。 「……リナ、俺は必ずフィルを見つける。だから…と言うのも変だけど、リナも頑張れよ」  これ以上は聞くな、と言うことなのだろう。……それ以上のことは、ユウキにもどうしたらいいのか分かっていないのかもしれない。 「まぁ、あまり無茶しないように頑張るわよ」  だから、私もこれ以上は追及しないで笑い返した。  …ああ、こんな風に笑うと、曖昧な笑顔になるのかもしれないなと、ふと思った。  私は新大陸を冒険するのは一年だけと決めていた。  所詮、冒険者になったのは義理程度の理由しか無い。だから、とりあえず一年もやれば十分だろうと判断したのだ。  …と言っても、私は新大陸にいる間は、至極真面目に冒険者として活動していた。冗談抜きに、命に関わる仕事なのだ。中途半端な 気持ちでいたら危険なだけである。  特定の誰かとパーティを組まなかった私は、頻繁にギルドに通い魔法使いが必要な仕事を斡旋してもらっていた。実際には、冒険よ りも研究の手伝いの仕事の方が多かったがそれでも真面目に任務をこなしてきた。その甲斐あってかギルドからは能力のある新人とし て一目置かれるようになった。  そんなこんなで9ヶ月ほど経った頃、私はあるパーティに加わって手助けするという依頼が来た。それだけなら珍しい仕事ではなか ったのだが、問題は期間の長さ。少なくとも一月以上はそのパーティを手助けして欲しいと言う話だ。期間が一月を越すような仕事は、 今まで一度も受けたことがなかった。  私は若干悩んだものの、引き受けることにした。冒険者を辞めることを考えていた私にとって、タイミング的に仕事収めに丁度良い と判断したからだ。  そのパーティが現在行っているクエストは、ある地域で異常に魔力の高まっている場所があり、それが原因でマジックアイテム(こ ういうと大仰だが、携帯電話などもそれに含まれる)が上手く機能せずに困っている、その原因解明と解決と言う内容だった。なるほ ど、確かに時間が掛かりそうなクエストだ。一月以上と言う見積もりは、打倒どころか足りないくらいかもしれない。  そのパーティのリーダーであるファイターの男は、まだ新米冒険者の私にとてもよくしてくれた。困ったことがあったら何でも相談 してくれと言ってくれたし、実際に私に色々と手を焼いてくれた。そんな彼に対し、真面目で誠実そうな人だと言う第一印象を受けた が、随分と世話好きな人だったんだなあと暢気な感想を抱いたものだ。  …そして、それが本当に暢気なことだったと理解したのは、そのパーティから抜ける事になった時である。  私は、パーティのリーダーが誘ってくれたこともあり、最初のクエストを無事に終えてからもそのパーティに留まっていた。それか ら3ヶ月経過して、丁度切りよくクエストを終了したところで、私はパーティを抜ける旨を切り出した。もともと、そう言う約束だっ たのだ。  が、私の申し出に対し、リーダーは事の他強く反対してきた。  約束を盾にして、さらに冒険者を辞めるつもりであることも明かして頑なに突っぱねると、何を思ったのか「なら、連絡先だけでも 教えてくれ」と言ってきた。  私の疑問が顔に出ていたのだろう。私の顔を見た男は、その言葉に続いてとんでもないことを言い出した。 「…一目惚れだったんだ。できることなら、これからもリナと一緒に冒険していたい。それが無理なら、せめて関係だけでも繋いでお きたいんだ」    告白だった。まっすぐに私の目を見て、少し赤くなりながらもはっきりとそう言った。  その告白を受けた私は……場違いなことに、まだユウキのことが好きだったんだと、そんなことをしみじみと思い知らされていた。  この人があれだけ私を気に掛けてくれていたのは何故か?私に優しくしてくれた理由は何故か?パーティを抜けたい時はいつでも抜 けてもいいなんて、そんな不遜な条件を飲んでまで私をパーティに誘った理由は何故か?  少し考えれば分かりそうなものではないか。その人が、私に好意を寄せていることくらい。  それなのに、告白されるまでそのことにまったく気付かなかったのは――眼中になかったからだ。その人のことだけじゃない、ユウ キ以外の相手、全てが。  気付かぬ内に相手の気持ちを踏みにじっていた私にできることは、誠実であることだけだった。 「ごめんなさい。私には、好きな人が居るの。小さい頃からずっと好きで……今でも、どうしようもないくらい好きな人が。だから、 あなたの想いには応えられない。気持ちは嬉しいなんて、言って上げることもできない。ごめんなさい」  その人は、とても誠実だった。とても優しくして、仲間想いで、とてもいい人だった。  だから、つらい。ここまではっきりと全否定してしまうことが。ほんの少しでも受け止められない自分が。  私の言葉に、その人は重苦しい溜息を吐くと「そうか…」と小さく呟いてから顔を上げた。感情は……読み取れない。 「俺の不躾な告白に、誠実に応えてくれてありがとう。……今まで、パーティに居てくれて、とても助けになった。感謝している」  それは、その人の最後の優しさだった。  それを言い終えた後で「それじゃあ、元気で」と踵を返して去っていった。私はその背中に声を掛けることもできなかった。  ただ、傷つけてしまったことが悲しくて、だからこそユウキのことをもっと真剣に考えなくてはいけないと、そんなことを考えてい た。  故郷へと戻る間、私は何度も何度も自問自答していた。  ユウキに対する想い、そしてユウキの想いとフィルのこと。そんなことを、堂々巡りのように考え続けた。  何度も何度も、数えるのもバカらしくなるほど考えて……結局、私がユウキのことをあきらめ切れないのは、まだ決着がついて無い からだと判断するしかなかった。  ユウキとフィルが再会するまで――いや、再会し、再び付き合うようになるまで、ユウキは実質フリーのままだ。それなら、私にも 機会は残っているのだ。いいや、違う。例えば、ユウキがフィルと再会した時に、フィルが既に結婚して幸せになっていたら、ユウキ は自分が言った通りに素直に身を引くだろう。そして、深く傷つくだろう。そんなユウキを慰められるのは、世界で唯一事情を知って いる私しか居ないのだ。 (本当、嫌になるほど、傲慢で酷い考えよね……ユウキとフィルが上手くいかなければ、なんて)  フィルに悪いという後ろめたい想いもある。だけど、もし本当にそうなってしまったら。  ユウキとフィルが再会し、上手くいったのなら、それはそれでいい。その時は、素直に祝福する。…できる、つもりだ。  だけど、もし、それが叶わなかったなら……ユウキは、どうなってしまうのか?自暴自棄になったりしないのだろうか?そして、そ うなってしまった場合、ユウキを救えるのはこの世界に唯一人、私だけなのだ。  だから、決意する。  フィルに対する負い目も、自分の狡さも全てひっくるめて飲み込んで。 (私は一人で居る。ユウキとフィルの決着がつくまで、一人で居る。ユウキのために)  そう、ユウキのために。  ユウキが絶望してまった時のために、それを支えるための保険になる。  私は、そのためにユウキと共に過去を変えたんだとさえ思えた。  故郷に戻った私は、実家の蕎麦屋の手伝いをしていた。  両親は、もともと娘二人が冒険者になってしまったことに不満を零していたので、私の帰郷をとても喜んでくれた。店に来てくれる お客さんも、看板娘が出来たと喜んでくれた。  蕎麦屋の仕事は、冒険者のようなスリルやドキドキは味わえないけど、その分、お客さんとの心の交流がある。助け合う近所付き合 いがある。それは、冒険者なんかしているよりもよっぽど私に向いているように感じた。  そんな穏やかな日々を過ごしながら、さらに一年が経過した。  これで、私とユウキが最後に会ってから二年以上の月日が流れたことになる。ユウキは私の携帯の番号を知っているのだが、連絡し てこなかったし、私も自分からは連絡しようとしなかった。  フィルのことに決着がつけば、どういう結果であれ私に教えてくれる。それだけは、確信していたから。  そんなある日のこと。  私は、蕎麦の出前の帰りに、少し息抜きするつもりで近所の公園に立ち寄った。  小さい頃は、ここでお姉ちゃんとユウキと私の三人でいつも一緒にあそんでいたっけと、そんなことを感慨深く思い出しながらベン チに座り、傍らに出前に使っていた岡持を置いて、缶ジュースを飲んでいた。  その時、一人の男が公園にふらふらとやってきた。格好から旅人や冒険者の類であることは人目で分かったが、その男は見るからに 尋常で無い雰囲気を醸し出していた。尋常で無いくらい、世界に絶望しきった顔をしていた。  さらに驚いたことは、私はその顔に見覚えがあったのだ。  いや、見覚えなんてものではない。ずっと会いたいとそう願っていた相手の顔だ。見間違えるはずが無い。 「ユウキ……?」  缶ジュースを落として、思わず呼び止める。  だけど、私の小さな声は、自信が無いことを如実に表していた。  ユウキの顔に間違いない。だけど、その顔は、私が今まで見たことの無い程の絶望感で染められていた。そんな顔をしたユウキを、 私は知らない。 「……リナ、か?」  ユウキは、私の呼びかけにゆっくりと振り向きながら応えた。ぞっとするくらい、低い声音だった。  一体、ユウキに何があったんだろう?何があれば、あんなに明るかったユウキが、ここまで絶望するのだろう?……いや、何かあっ たとしたらフィルのことしか考えられないけど、それにしても、この状態はあまりにもおかし過ぎる。 「ど、どう、したのよ……ユウキ。折角、故郷に帰って来たっていうのに…久しぶりの再会だって言うのに……」  そうだ。これは久しぶりの再会なのだ。それなのに、ちっともそんな感慨が沸かない。 「そうだ…な。悪い…」  低い、疲れ切った声で、歯切れの悪い返事が返ってくる。……こんなのは、私の知っているユウキじゃない。 「一体、どうしたのよ?……何があったの?」 「………」  返事はない。 「ねえっ!」  私は、自分の中のもやもやとした悪い予感を必死で抑えながら、それでも声を張り上げて追求した。私は、知らなければならない。 なぜなら、私だけがユウキを救うことができるのだから。 「……フィルな」  ユウキは尚も数秒沈黙を保ってから、ポツリと、力無い声で呟いた。 「死んでた」 「――――っ」  一瞬、頭が真っ白になった。ユウキが何を言ったのか、理解できなかった。 「い、今、なんて……」  喉がヒリヒリと渇いてくる。まさか、そんなことが、でも―― 「死んでたんだよ。俺が、フィルを見つけたときには、既に墓の中だった。いや、あれは墓とは言えないか……」  淡々と語って、最後に自嘲する。ユウキの表情が初めて揺れたのは、自分に対する嘲りだった。 「死んでたって……どうして……」  折角、過去を変えてまで助けたのに、一体どうして。  この時の私は、まだ、甘い考えをしていた。どこかで事故にあって死んでしまったのだと、そう考えていた。  だけど、事実はそんな浅はかな考えをあざ笑うかのように、遥かに残酷だった。 「……8年前の地震、覚えているか?」 「……え?8年前?」 「当時、随分とニュースになっただろ。街一つを半壊させた、近年で最大の地震だ」 「それは……覚えているけど……」  8年前…1年繰り返している私とユウキにとって感覚的には9年前になるのか…兎に角8年前に、ある地方都市が直下型の大地震に 襲われた。街の半数以上の建物が倒壊し、二次災害による火災の被害も合わせて最終的な死傷者の数は1000人以上にも及んだ、近 年で最大規模の最悪な地震だ。  そのニュースを見たとき、私は災害にあった人達を憐れに思う一方で、その街に自分が済んでいなかったこと、そして知り合いがい なかったことにほっとしたような記憶がある。 「フィルは……いや、フィルだけじゃない。フィルの家族も、その震災で死んでたんだ」 「………え?」  ユウキの言っている事が、まるで理解できなかった。そんなはずは無い。なぜなら、 「そ、そんなのおかしいわよ!だって、『前』の世界でだってその地震は変わらずに起こっていたことで、でもフィルは生きてたじゃ ない!フィルのお母さんだって!」  そう、その地震については、私とユウキは何も介入していない筈だ。私達が過去を変えたことには何の関係も無く起こっていた地震 で、その地震で『前』の世界のフィルは死んでいなかった。だから、そんなことはおかしい、あり得ない。  そんな私に、ユウキは唐突に違う話を切り出してきた。 「『前』の世界では、フィルの両親はフィルの病気――深精霊干渉症を治療するために、ありとあらゆることを試したらしい。氷の属 性に対する耐性を身に着けるためにラヴェルに改宗したり、より設備の整った大きな病院にフィルを移したり」  そこで、自嘲気するように口の端を吊り上げて暗く笑う。 「大きな病院に移す際に、病院の近所に引っ越した……なんてこともあったかもしれないな」 「……っ!!」  分かった。分かってしまった。ユウキが言いたいことが。 「じゃ、じゃあ……」  震える声で、私は最悪の答えを口にする。 「私達が、フィルを助けたから……フィルが深精霊干渉症にならなかったから……フィルは、フィルの家族は……地震の起こる街に暮 らし続けて……そして……」  なんだ、それは。一体、何の冗談なんだ。それでは、私とユウキが過去を変えたせいで、フィルを助けたせいで……  言葉を失う私に、ユウキは感情の感じられない静かな声で、詳しい事情を説明してくれた。  ユウキがそのことを知ったのは偶然だった。フィルを探すたびの途中に、その震災に襲われた街に立ち寄って、震災による死者を慰 めるために立てられた慰霊碑を見に行った。  ただの観光のつもりだったらしい。その時のユウキは、まさかフィルが死んでいるなんて思いもしなかったに違いない。  だが、ユウキは何気なく立ち寄った記念碑に、フィルの名前が彫られているのを見つけてしまった。  それでも、最初は同姓同名の別人だと信じたいた。だが、無視はできないので震災前の街の様子を知っている人を探し、その中にフ ィリス・イハートの名前に聞き覚えのある人物がいないかを探した。  意外に、簡単に見つかった――見つかってしまったらしい。  その人は、フィルの家の隣に済んでいたという初老の女性で、人懐っこいフィルとよく話をしていたらしい。地震当日は、丁度所要 で隣町に出かけており、震災を免れたという話だ。  そして、記念碑に書かれたフィリス・イハートの名前が、フィル本人である決定的な証拠になる話をしてくれた。 「…フィリスちゃんはね、大きくなったら光陵学園に行くって、よく言ってたのよ。私がどうしてって聞くと、そこに私を助けてくれ た憧れの人が待っているからと笑っていたわ」  初老の女性は、懐かしむように遠くを見つめながらそう語り、寂しげに微笑んだ。  フィルは…何らかの方法であの時自分を助けた人がユウキであることを知ったのだろう。その方法まではさすがに分からなかったが、 これで記念碑に刻まれたフィリス・イハートの名前がフィル本人であると断定せざるを得なくなった。 「俺が……フィルを殺したんだ」  ユウキは一通りの事情を説明し終えた後、暗い声でそんなことを呟いた。 「俺が、余計なことをしたばっかりに、フィルを……フィルだけじゃない、その家族まで……死ななくても良かった人達まで……」  あまりにも、絶望的な表情で。それ以外の顔を忘れてしまったように。 「俺が……殺し………」 「違うっ!!」  たまらず、私はユウキを抱きしめていた。真正面から、決して放さないようにギュッと腕に力を込めて抱きしめる。ここで放したら、 ユウキがどこか遠くに行って消えてしまうような、そんな風気がした。 「違うよっ!ユウキは悪くないっ!」  そして、必死でユウキを呼び止める。  私は、確かに、心のどこかでユウキとフィルが上手くいかないことを願っていた。そうなれば、ユウキはきっと私に振り向いてくれ ると、そんな風に思っていた。  だけど……こんな、こんな残酷な結末なんて、望んでいない! 「ユウキは悪くないっ!ユウキはフィルを助けたかっただけじゃない!それが、それが間違いだったなんて、そんなこと、ある筈なん てないっ!」  そうだ。ユウキはフィルを救いたかっただけなんだから。好きな人を助けたかっただけなんだから。それが間違いであって良い筈が 無い! 「おかしいよ……こんなの……残酷過ぎるよ……ユウキが……可哀相過ぎるよ……」  私の声はいつしか嗚咽に変わり、そんな顔を見られ内容に私はユウキの胸に顔を押し付けた。 「リ、ナ……」  不意に、私の体に力が掛かる。涙の跡も渇かぬまま、驚いて顔を上げると、ユウキが抱きしめ返してくれていた。  目が合う。ユウキの目には深い絶望が映っていて……その奥に、何かに縋るような微かな輝きを見つけた。  それを見つけたとき、私は決意した。私の望みは、ユウキを救うこと。ユウキの絶望を癒す、支えになること。 「大丈夫だから……私が、ユウキを慰めてあげるから……」  私はユウキの手を引いて歩き始めた。ユウキは、黙って私に連れられるままについてきた。  一瞬店のことを思い出したが、それを無視して私はユウキを連れて街の一角に消えて行った。  そして、その日。私は、初めて、ユウキに抱かれた。  翌日。私が恐る恐る家に帰ると、案の定と言うか当然と言うか、烈火の如きに怒りに顔を真っ赤に染めた両親に本気で怒られた。  無理も無いし、覚悟していたことだ。出前の帰りに突然行方をくらまし、公園に岡持だけが残されている。そして当の本人は何食わ ぬ顔で朝帰り。うん、私が親の立場でも怒鳴ってる。  実際、公園で岡持が発見された時には、自警団まで捜索にでるくらいの大騒ぎになっていたそうだ。  父さんも母さんも初めはこちらの言い分を聞いてくれなかったが、根気強くどうしても譲れない事情があったことを説明し続けて (何が起こったのかは一切伏せたままだったけど)何とか許してもらった。  そして、ユウキを両親の前に連れ出した。連れ出して、ユウキもウチで働かせてやって欲しいとお願いした。ユウキも私に倣う様に 頭を下げていた。  父さんも母さんもユウキのことは当然よく知っている。特に父さんは頻繁に遊びに来るユウキをユウ坊と呼んで可愛がっていた。だ から、二人とも、今のユウキの状態がいかに異常なものであるか、一目で気付いてくれて、何か事情があると察してユウキがウチで働 くことを許してくれた。  父さんは未だ絶望の淵に居るユウキを、特別優しくはしなかったが、特別厳しくもしなかった。至極、普通どおりに接していた。母 さんはと言うと、ユウキを気遣って逆に構い過ぎなくらいだったが、その態度からはユウキを包むような優しさが感じられた。  そして、私はというと、仕事中も常にユウキと一緒にいるようにして、とにかくユウキをこき使った。休日には無理矢理ユウキを連 れ出して遊びに行き、やはり荷物持ちさせたりしてこき使った。ユウキを一人きりにさせないように、何か余計なことを考える間を与 えないように。自分にできることは全てしてあげるくらいのつもりで、必死にユウキと一緒に居続けた。  そんな日々を過ごしている内に、ユウキの顔にも徐々に笑みが戻り始めた。それを見て、私は自分が間違っていないことを確信した。  そして、ユウキの表情の翳りがすっかり為りを潜めた頃。  私とユウキが付き合っていると言う噂が、店の常連や近所の間で広まっていた。  いつも一緒にいるからそのように見られる。いつか、学園で噂になった時と同じだ。ただ、その時とは決定的に違うことがあった。 「よっ、お二人さん、お似合いだね」 「もう、何言ってるのよ。それより注文は?」 「おお、悪い悪い」 「あんなに可愛い彼女がいて、お前は幸せ者だな、このこの」 「はいはい。ほらこれ、掛け蕎麦な」  時折浴びせられる冷やかしの言葉を、私もユウキも特に否定も肯定もしなかった。場合によっては、さらりと流すくらいのつもりで 消極的に肯定していた。  付き合っている訳ではないけど、付き合っていないのかと言うとそれも違うと思う。それが、今の私とユウキの関係を表す正直な感 想だった。  そしてさらに月日は流れる。  ユウキの表情から、絶望の影が完全に消え去り、それに伴って接客業やらなんと蕎麦打ちの仕事まで任されるようになってきて。  それに変わるように、ユウキの表情に、以前によく見せたような曖昧な物が覗くようになってきた。  私と一緒に笑っている時、私と一緒に遊びに行っている時、ふと……ユウキは曖昧な表情を浮かべる時がある。ユウキのあの曖昧な 表情は、私をとてつもなく不安にさせる。だから、それを誤魔化すためにも、私は余計にユウキを振り回した。  そんな状態でさらにしばらく経ったある日。  その日は店が休みで、珍しくユウキの方から『話がある』と誘ってきた。  私は、その誘いを受けた。ユウキの様子がどこかいつもと違っているのが気になったので、素直に誘いに応じた。  待合場所は、フィルのことで全てに絶望したユウキと再会した、あの公園だった。  私は待ち合わせ場所の公園にユウキよりも早く着いたこともあり、何とはなしにあの日のことを思い出していた。  あの日、私は初めてユウキに抱かれ――以降、そんな関係になったことは無かった。  ユウキと私は今ではすっかり公認のカップル扱いされている。結婚はいつなんだなんて冗談半分に聞かれたこともある。だけど、ユ ウキと関係をもったのは、今のところその日だけだった。  ユウキと関係をもったことに、後悔は無い。あるとしたら、ユウキの悲しみに付け込むような真似をした、自分の卑しさだけ。  だから、私はそれ以降、ユウキにその話をしたことは無かったし、ユウキからもそのことに触れてくることは無かった。 (って、何今頃そんなこと思い出してるのよ…)  頬が熱くなるのを首を振っておいやる。と、その時。 「悪い。待たせたな」  私の背後からユウキが声を掛けてきた。あんなことを考えていた直後のことだったから、過剰に肩を震わせて慌てて振り返った。 「お、遅いわよ、ユウキ。自分から誘っておいて私より遅れてくるなんてどういうつもりよ」  少し声が裏返っていたのは、仕方の無いことだと思う。 「だから悪かったって。お詫びに缶ジュースでも奢るよ。何がいい?」 「…レモンティー」 「オッケー」  憮然としたように言ってやると、ユウキは苦笑を浮かべて自販機に向かった。そして、手に二つの缶を持って帰ってくる。 「ほら」 「ありがと」  投げて遣されたそれを、短く礼を言って受け取る。 「リナ、立ち話もなんだからベンチに座らないか?」 「…そうね」  ユウキに促されるままに公園のベンチに腰を下ろし、隣にユウキが腰を下ろした。私はプルタブを引いて一口飲んでから、ユウキに 尋ねた。 「それで、話って?」 「ああ…そうだな」  ユウキは曖昧に返事をして、自分もプルタブを引いて缶に口をつけた。ユウキが買ったのはブラックコーヒーだった。いつのまにこ んなのものを飲むようになったのか?少し生意気に思う。  しばらく黙って待っていたが、中々続きの言葉が出てこない。私は一度嘆息して、諦めたようにもう一度缶に口を付けた。  何だろう、とても悪い予感がする。ユウキが曖昧な顔で黙り込んでいることが、どうしようもなく私を不安にさせる。…いっそ、話 なんて聞かずにいつものように無理矢理買い物にでも付き合わせたほうが―― 「…俺さ、もう一度旅に出ようと思うんだ」 「えっ…!ど、どういうことよ、それ!」  ユウキの言葉に驚いて、思わず声を上げてしまう。なんで今になってユウキがそんなことを言うんだろう?仕事にも慣れてきて、店 でもあんなにも楽しそうにしていたのに。  私の糾弾の言葉に、ユウキは困ったように眉を顰めた。 「いや、いつまでもリナやおじさんおばさんの好意に甘える訳にはいかないだろ」 「別に私は迷惑なんて思っていない!父さんも母さんだってそうよ!」  一体、ユウキは何を言っているのか?確かに、最初の頃はユウキを元気付けたいという目的はあった。でも、ユウキはちゃんとお店 にも貢献してくれている。父さんも母さんも、ユウキがウチで働いてくれることを喜んでいた。ユウキには、それが分からなかったの だろうか? 「ああ、いや、別にそう思ってるわけじゃねぇけど……参ったな」  困ったように言葉を捜すユウキ。…今困っていることは分かる。そして、旅に出るという決意が固いことも理解できてしまった。だ けど、なぜ旅に出ることにしたのか、その奥に込められた感情がちっとも見えてこない。  どうしてなんだろう。ユウキとの絆は深まったと感じていた筈なのに。ユウキの曖昧さが私をとても不安にさせる。 「ねえユウキ。正直に話してよ」 「正直にって、だから俺はこれ以上リナ達に…」 「違うわよ!知りたいのは、ユウキがまた旅に出たいなんて考えた理由よ!ユウキの言い分じゃ、旅に出る理由には全然なってないも の!」  そうだ。ユウキの態度はおかしい。何か隠している。  …今なら分かる。ユウキの曖昧さはその奥に何かを隠している証拠だったんだ。だから、私はユウキのそんな表情を見るたびに、こ んなにも不安に感じていたんだ。  ユウキも自分がおかしいことを言っている自覚があったんだろう。私の糾弾を受けて、黙り込んでしまった。  私は一度深呼吸して自分自身を落ち着かせてから、諭すようにユウキに話し掛ける。 「何か悩みがあるなら、変な遠慮なんてしないで話してよ。私にできることなら力になるから。ね?」  ユウキは尚も押し黙っていたが、やがて観念したように小さく嘆息した。 「……リナは、どうして俺にこんなに優しくしてくれるんだ?」 「は?」  思わず間の抜けな声が出てしまう。なぜ、今更そんなことを聞くのか。いくらなんでも、それくらいとっくに気付いていて良い筈だ。 「ええと、その……何で、いきんりそんなこと聞くのよ?」  誤魔化した、と言うか、今更言わなければ分からないなんてことはいくらなんでも無いと思う。……無い、筈だ。だから、逆に質問 で返した。 「……俺は、リナに優しくされる資格なんてないんだ」 「…え?」  余計に訳が分からなくなる。一体、ユウキは何が言いたいんだろうか?  怪訝に思っている私に気付かずに、ユウキは手元に視線を落としたまま真剣な声で話し続ける。 「リナが……過去に戻ったあの時から、ずっと俺に気を遣ってくれている事は知っていた。だから、俺はことある毎にリナに頼ってい た。リナの負担も気にせずに……今だって、こうして、俺はずっとリナの世話になりっ放しだ。これ以上リナの優しさに甘えて、リナ を縛り続けるようなことはしたくない……」 「そんなこと……」  咄嗟に反論しようとする。確かに、私はユウキに気を遣っていたし、優しくしている。でも、それを言うなら学生の頃はユウキだっ てたくさん私をフォローしてくれた。そして今は、単純にユウキに近づけことが嬉しいから一緒にいるだけ。それだけなのに。 「それだけじゃないっ!」  しかし、ユウキは私の反論を遮って声を荒げた。 「俺は、リナに酷いことをした……」  悔いるように、手をきつく握り締めて、ユウキは続ける。  私には、分からない。ユウキが何を言っているのか?何が、ユウキをここまで追い詰めたのか? 「……この街で、リナと再会した日のこと、覚えてるよな?」 「……え、ええ」  ついさっき、思い出していたとはさすがに言えない。 「……今なら分かる。フィルの死に絶望していた俺は、ただ誰かに縋りたかっただけだったんだ。誰でもいいから、人のぬくもりが欲 しかったんだ。そしてレナに出会って……レナなら、縋らせてくれるかもしれないと思ってしまったんだ……」  そして、ユウキは感情的に激昂した。 「誰でも良かったんだよ!ただ、リナが居たからリナに縋っただけだったんだよ!リナの優しさに付け込んで!……そんな奴が、お前 と一緒に居て良いわけないだろ……」  ユウキの独白を聞いて、私は……正直に言ってしまえば唖然としていた。多分、物凄く間の抜けた顔をしていただろう。 (ああ、そうなんだ……)  私は知っていた筈だ。ユウキがバカだと言う事を。こんなことで愚直に悩んでしまうくらいに、バカで……まっすぐだと言う事を。  そうだ。ユウキは昔から変わっていない。だからこそ、私の気持ちだって変わらなかったんだ―― 「……本当に、バカね」  呟いて、隣に座るユウキの肩に頭を乗せる。驚いたように振り返るユウキに、私は顔を上げて微笑みかける。  ああ、本当に、おかしな話だ。ずっと、こんな所で、スタートラインにすら至っていないようなところで、立ち止まって居ただなん て。 「私はあの日……とても絶望しているユウキを見て、こう思ったの。私だけがユウキを救うことができる。私だけが、ユウキを繋ぎ止 めることができる。今の絶望したユウキに必要なのは、私だけなんだって」  そして、少し自嘲気味に笑う。 「私は――ユウキの絶望に付け込んで、ユウキに抱いてもらったのよ」 「………」  ユウキの表情に戸惑いと困惑と……それに隠された何かが浮かぶ。それが、ユウキの曖昧さの原因だったんだ。 「私は、ユウキが好き」  やっと、言えた。ずっと昔から想い続けていて、今日まで一度もいえなかったことを。  照れくさかったから。言わなくても気付いてもらえるかと思ったから。――フィルが、いたから。  だから、言わずに居た。だから、ユウキも気付かなかった。私達は、ずっと幼馴染のままだった。 「好きだから、ユウキに優しくした。好きだから、ユウキとずっと一緒に居た。好きだから、フィルを探す旅には付いていけなかった。 好きだから、あの日、ユウキに抱かれたいと思った。好きだから、ユウキと一緒に働きたいと思った」  自分の行動理由は、結局全てそこに落ち着く。 「全部、自分のためにしてきたことよ」  もう一度、ユウキの顔をしっかりと見る。 「だから、恋人になろうよ。噂だけじゃなくて、本物の」  ユウキは、戸惑いも困惑も消して、真剣な顔で悩み、考えてくれた。 「……俺は、今までリナの想いに気付かないで酷いことをしてきた」 「されてないわよ。全部私が望んでしたことよ」 「……俺は、フィルを忘れられない」 「私だってフィルのことは絶対に忘れない」 「……そんな俺で、本当にいいのか?」 「そんなユウキだからこそ、よ」  ユウキはふっと小さく息を吐いた。そして、やおら立ち上がると私の目の前に立って、言った。 「俺は、リナが好きだ。俺と付き合ってくれ」 「……うん」  差し出された手をとって立ち上がり、そのままユウキに抱きついた。    私はユウキと抱きしめ合いながら、私達が死なせてしまったフィルのことを思う。  フィル、ごめんね。  許してなんて言わないけど、せめて謝らせて。  ごめんなさい。死なせてしまって、ごめんなさい。裏切ってしまって、ごめんなさい。…ユウキを、奪ってしまって、ごめんなさい。  だけど、私は、ユウキと一緒に生きていくから――  end  後書け!!  うがああああああああっ!!やっと終ったあああああああああっ!!!!  …ども、KINTAです。自分でも、え、俺、なんでこんな話書いてるの?とつい疑問に思ってしまうようなぱすチャCSSをつい に書き終えました。  テキストで30kb以上…!長い戦いでした。  最初に弁明しておきますが、自分は決してフィルが嫌いではありません。キャラ的にはむしろ好きな部類です。  でも、フィルENDはどうかと思うのです。あのENDって、病気に掛かってからのフィルを全否定していますからね。それはフィ ルを殺すこととほとんど大差ないことだと思います。  …まあ自分の中では、フィルも黒い鐘の契約者だったから、ユウキと同じように未来の記憶を覚えていた。でも小さい頃のフィルで は、その記憶を受け止められなかったため自己防衛のため封印されていて、学園生活中にその記憶を思い出してENDの一枚絵に至る と勝手に補完されてはいるんですが。裏を返せば、そうでも補完しなければ納得いかなかったのですよ。  と言う訳で、今回のコンセプトは、フィルENDのIFで、考えられる限り最悪な結末を、と言うものでした(最低  元々はユウキの一人称で、地震でフィルが死んでいたことを知って絶望して終わりと言うどーしーもないSSでした。それじゃああ んまりだろうと言う事で、ユウキと一緒に過去に戻ってきたレナもストーリーに絡ませることに。レナはまだユウキのことが好きだっ たりして……とか考えていくうちに、話がどんどん屈折していって、一人称もいつのまにかレナに変わって、ついでに少しくらい救い も入れようとか思っちゃったりしてこうなりました(爆  自分で書いててあれですが、ユウキもリナも結構壊れているというか…リナは一人称だから分かりやすいけど、ユウキに対する思い を自分の中で勝手に膨らませて、なんだかヤバイ方向に行ってますからね。狂気じみた、と言うのはやや言いすぎですが、どこか狂っ ていたと思う。や、思うって自分で書いたんだけど。  実を言うと、ユウキも結構早い段階でリナに惹かれています。まぁ、フィルのことがあったら無意識的にも意識的にも考えないよう にしていたんでしょうが。だから、自分が書いたんだが。  まぁ、一時、自分でも落としどころを見失いましたからね。最後は超強引にまとめました。…おかげでシリアスなシーンのつもりな のにどうにもギャグっぽいよ(涙  因みに、ユウキの父親の名前はぱすチャC++から。それなりに重要なオリキャラが居るんですが、名前考えるのが面倒であんな分 かり辛い表記にしました。うん、今は反省してる。まあ、あれです。リナは男の名前を忘れたんですよ。アウトオブ眼中だったんで( 酷ぇ  さて、ユウキが過去を変えたことは果たして間違っていたのか?  過去を変えるなんてことをした時点で激しく間違ってると言えそうですけど、あの世界的にはそれを判断できるのはユウキとリナし かいません。他の人はだれも過去が変えられたなんて知らないんですから。リナが間違っていないと言い切れば判断できる人間の半数 が間違っていないに票を入れたことになります。  だからなんだと言われればそれまでですが、少々残酷な考え方をしてみましょう。  過去を変えずにいたら、フィルの治療のため、フィルの家族は引越し元々住んでいた家は空き家として売りに出されました。その空 き家を購入した7人家族が引っ越してきました。で、地震で一家全滅と。  この場合、ユウキが過去を変えたことで、7人死ぬはずだったのか3人に減ってるとも言えますね。  じゃ、ユウキが過去を変えたことは本当に悪いことだったんでしょうか?  …なんて考えたのは、フィルのあんまりな結末を誤魔化すためですけどね。ま、スルーしてOK  本音言うと、鬱SS書きたかっただけです。以前、鬱SS書きてーとか言ってた時に考えた話ですから。  一応、鬱SSネタはD.C.とデュエルセイバーでまだあるんですがね…  ではでは。…感想は…少し怖い気もしますが頂けると嬉しいです。