あの歌声をもう一度 4  翌日。  レオが集合場所の館の門前に訪れると、先に来ていた言霊とバルキリーが何やら言い争っていた。 「だから、なんであんたがここに居るのよ!」 「いや、レオに頼まれたからだと既に何度も説明しているが……」  訂正。どうも言霊が一方的にバルキリーに対し詰詰め寄っているだけで、バルキリーはどこか困惑した様子で受け答えしている。少 し離れた所では、ねこまたまたが興味無さそうに欠伸をかいていた。もう一人、一緒に行く予定のスケッチの姿は、今のところ無い。 まだ時間に余裕はあるから問題ないが。 (って、どうしたんだろう?)  バルキリーはともかく、言霊の雰囲気はかなり剣呑だ。 (仲が悪いなんて聞いたこと無かったけど……)  内心で首をひねりながら、さすがに看過できない事態なので急いで二人の元に向かう。無論、特別仲が良かったなんてことはないが、 苦楽を共にして協力し合ってきた仲間だ。少なくとも、互いに認め合っているものだと思っていた。  小走りに近づいてくるレオに気付いたねこまたまたが、耳をピクリと動かして振り返る。それに気付いたのか、二人は言い争いをや め、バルキリーは少々困ったように、言霊は不機嫌そうにレオを振り返った。 「どうしたの?何かもめていたようだけど」 「レオ……その、私にもよく分からないのだが……」 「レオ!」  言いよどむバルキリーの言葉を遮って、言霊が声を荒げた。 「どうしてバルキリーがいるのよっ!」 「どうしてって……手伝ってくれるように頼んだからなんだけど」 「手伝いって……別に、あたしたちだけでも平気じゃない。こんな奴の手助けなんて必要ないわよ」  言霊はバルキリーを睨みつけて乱暴に言う。最強の女の子モンスターに対し、随分強気な発言だ。もっとも、今回の目的に関しては、 バルキリーのような強力なモンスターの手助けは必要ない、と言う意味では一理あるが。 「ええと……言霊、もう少し落ち着いて」 「落ち着いてるわよ!」  レオは両手を胸の前に出して言霊を宥めながら、横目でバルキリーの様子を伺った。向こうもこちらを見ていたため、視線が合う。 バルキリーは言霊の発言に腹を立てている様子は無いが、兎に角困惑しているようで、どうすると問いかけるようにレオを見ている。 とりあえず、レオの判断に従うと言うことなのだろう。  レオは頭の中で素早く考えを纏めてから、改めて言霊に向き直った。 「……今回、僕らが向かう山には、強力な魔物は居ない。その点では、確かに僕たちだけでも大丈夫だと思う」  噛んで含めるように、落ち着いた声音で言い聞かせるよう慎重に続ける。  レオは彼女らの主人だ。だから、事情も分からないままどちらかの肩を持ってはいけない。どちらの顔も立つように言葉を選ばなけ ればならない。だからこその慎重さ。 「だけど、僕は皆の主として、可能な限り皆に危険が及ばないようにしたい。僕も大丈夫だと思ったけど、それだけじゃ足りなくて、 確実に大丈夫だと判断するにはもう一人必要だった。それでバルキリーにお願いしたんだ。それが、僕がバルキリーに同行を頼んだ理 由なんだけど……ダメかな?」 「べ、別にダメってことは無いけど……」  言霊はレオの丁寧な説明に納得はしたようだが、それでもまだ不満があるようで言葉を濁している。その様子を見て、逆にレオが問 いかけた。 「と言うか、どうして言霊はバルキリーをそんなに目の敵にしてるの?」  言霊の様子を見る限り、どうも連れが一人増えたことではなく、それがバルキリーだったから反発しているようだ。 「……こいつはね!あたしの歌を愚弄したのよ!」  キッと横目でバルキリーを睨みつけながら、言霊が乱暴に声を荒げる。レオが「え?」と怪訝そうにバルキリーの方を見ると、バル キリーは少々黙考してから「ああ」と思い出したように口を開いた。 「そのことか。それに関しては、その場でちゃんと謝罪した筈だが…」 「ふんっだ!あたしは誤魔化されないわよ!あんな屈辱を受けたのは初めてなんだから!」 「ええと……話が見えないんだけど……」  レオは両者の間で交互に視線を泳がせた後、とりあえず言霊よりは遥かに冷静なバルキリーに事情の説明を求めた。 「ああ。10日程前に、言霊が歌の練習をしている所を、勘違いから諌めてしまった。恐らく、そのことが原因だろう」 「…何て言ったの?」 「『いくら周りに誰も居ないといっても、あまり騒音を立てるものではない』と。その時は、まさか歌の練習をしているとは思わなか った」 「言うに事欠いて騒音よ!騒音!私の屈辱が分かる!?」 「それは…」  若干返答に困るレオ。確かに、プライドの高い言霊が、自分の歌を騒音呼ばわりされたのだとしたら、あれだけ怒るのも無理は無い が… (でも、バルキリー、言霊の歌を聞いて騒音で済んだんだ…)  対応に困りつつ、冷静な部分でそんな感想を抱く。そもそも、言霊が歌っているところを注意された経験が無いのは、歌っている言 霊に敢えて近づいていくモンスターがほとんど居ないためである。例え上級ランクのモンスターでも余程のことでも無い限り避けて通 るくらいだ。騒音、の一言で済ませられたバルキリーの方がむしろ特異なのだ。 「で、でも、ちゃんと謝罪はしたんだよね?」 「ああ。『私には歌の学が無いから、騒音にしか聞こえなかった。許して欲しい』と誠意を込めて頭を下げた。だから、それで終った 話だと思っていたのだが…」 (バルキリー…その台詞はとどめだから)  内心で嘆息するレオ。よくも悪くも生真面目なバルキリーらしいと言えるが。  余談だが、この件が10日間表面化しなかったことについて説明すると、バルキリーは謝罪したことで解決していたと判断していた し、言霊の方もその数日後に自分の歌声が変わってしまうと言う事件があったため、それどころでは無くなっていた。そもそも、バル キリーと言霊では普段の接点もそう多くはないため、二人の諍い(言霊の一方的なものだったが)が表に出なかったのは当然だった。 「なるほど、それはいけませんね」  唐突にレオの背後から、抑揚の無い声が割って入ってきた。レオが驚いて振り返ると、いつのまにかレオの直ぐ背後にスケッチがじ っと立ち尽くしていた。 「っ!?って、スケッチ!?いつ来たの?」 「そうですね。レオが言霊とバルキリーの仲裁に入った辺りからでしょうか」 「…ほとんど初めから居たんだね」 「ええ、相変わらずの絶賛放置プレイでしたが」  淡々と、顔色一つ変えずに語るスケッチ。 「まぁ、そんな些細なことはどうでもいいんですが」 「どうでもいいんだ…」 「それより、問題なのはバルキリーです」 「わ、私か?」  突然話を振られてうろたえるバルキリー。スケッチはコクン、と小さく頷いて続ける。 「ええ。学が無い……そう言って芸術から目を背けているのは簡単なことです。しかし、それは己の可能性を無視する愚挙に他ならな い行為です」 「いや、しかし、私はあまりそう言うことには興味が…」 「興味が無いのは知らないからこそですよ。よろしいです。私が芸術とは何たるかをあなたに懇切丁寧に教えてあげます」  何やらとんでもないことを言い出すスケッチ。 「なるほど…そうよね!分からないんだったら、思い知らせてやればいいのよね!」 「まぁ…若干ニュアンスは違いますが、その通りです」  そして、それに同調して息巻く言霊。両者から向けられる視線に、バルキリーは何やらよくない空気を感じて、珍しく逃げ腰になり ながら一歩後ずさった。 「その…気持ちは嬉しいが、本当に私には興味が無いことだから、できれば遠慮したいのだが…」  言いながら、助けを求めるようにレオに視線を送る。が、こうなってしまった二人を止められないことが分かっているレオは、小さ く首を振って目を逸らした。下手に口を挟んだら、レオまで巻き込まれるのは目に見えている。 「じゃ、じゃあ、皆集まったことだし、出発しようか」(バルキリー、ごめんっ!) (レオ――!?)  レオに見捨てられ、愕然とするバルキリー。そこへ、スケッチがいつもの茫洋とした表情で、しかしどこか嬉々とした様子で話し掛 ける。 「では、早速始めましょうか。いいですか、そもそも芸術と言うのは、既存の価値観を壊すことから生まれるのです。その点、言霊の 歌は素晴らしさと言ったら…まさに芸術の爆発です」 「そうよ!芸術は爆発なのよ!私の歌には、私の迸る情熱のパトスが詰め込まれているのよ!」 「常識に囚われない、全く新しい表現の手法として、最高の物であると…」 「私の歌はね、魂の叫びなの!心震えるシャウトなの!分かるっ!?」 「いや、それは……」  二人に挟まれて、困惑の表情で応じるバルキリー。  興味は無かったが、結局一部始終を見守っていたねこまたまたは「はぁ…」と小さく嘆息した。 「……ばかばっかりだ」  呆れきった様子でそう呟くと、先を行くレオの元へ小走りで近寄って行った。  ――小一時間後。  レオ一行は目的地の山へと辿り付いた。何の変哲も無い、名前すら付けられて無いような小さな山だが、それでも獣道よりは随分と マシなある程度整備された道がある。人が滅多に立ち寄らない山にこのような道があるのは、人型のモンスターが生息している証拠だ。  ここにいる魔物はそれほど手ごわくは無いと聞いているが、レオは気を引き締めるように足を止めて頷くと、自分の後ろについてき ている仲間を振り返った。 「皆、目的地についたから気を引き締めて。――ええと、スケッチと言霊もそれくらいにして、ね?」  声を掛け、ついでに今まで巻き込まれないように頑なに無視していたスケッチと言霊の二人に恐る恐る注意する。両側から交互にバ ルキリーに芸術がいかに素晴らしいものかを力説していた二人は、その言葉に一度口を噤み、それから仕方ないかと小さく息を吐いた。 「まあ、レオの言うとおりですね。それではバルキリー、続きはまた後で」 「そうね、今日のところはこのくらいで許してあげるわ」  既に十分話したこともあってか、すんなりと引き下がる二人。  バルキリーはその言葉に憔悴しきった様子で「まだ続きがあるのか…」と嘆息した。  言霊の話は魂だの情熱だのあまりに感情的過ぎて理解できない、スケッチの話は彼女なりの理論はあるのだろうが常人離れし過ぎて いる感性のためやはりちっとも理解できない。そんな意味不明な話を延々と両サイドから交互に聞かされ続けていたのだ。Sランクモ ンスターのバルキリーであっても疲れるのは無理もないことだろう。  加えて言うならバルキリーの生真面目な性格も災いした。もし仮に、これがバトルノートであったならば「ふむ」とか「なるほどな」 とか適当な相槌を打ちながら平然と全て聞き流すくらいのことはやっただろうし、気の短い雷太鼓やバニラ辺りならあっさり逃げてい ただろう。生真面目なバルキリーだからこそ、相手の話を無碍に出来ずなんとか理解しようと真面目に聞いてしまい、結果として余計 疲れる羽目になったのだ。…不幸な事件である。  何はともあれ、あのバルキリーがここまで疲れ果てているという事実に、レオは軽い戦慄を覚えると同時にやっぱり関わらなくて良 かったとちょっと酷いことを考えていた。そんなレオに、バルキリーは珍しくジトッとした視線を向ける。 「…レオ」 「う、な、何?」  うろたえながら応じるレオ。見捨てた、と言う自覚はあるため、さすがにバツが悪い。 「私は……従魔なのだから、マスターであるレオを非難するのは間違っているとは思う。思うが……」  それから深く深く息を吐いて、やや恨みがましい声で呟く。 「これは、少し酷いと思う……」 「あ、あはは……ごめん」  笑って誤魔化そうとして断念した。バルキリーの視線に耐えられなかったようだ。 「でも、バルキリーにもそんな風に…ええと、参ってしまうようなこともあるんだね」 「…レオ、私とて疲れくらいはする」  憮然とした返事に、レオは「ご、ごめん」ともう一度頭を下げてから続けた。 「でも、いつもはその様子を僕には見せてくれなよね。だから、バルキリーも普通に困ったり疲れたりするんだって分かったのは、嬉 しかったかな。…ちょっと可愛かったし」 「…な…何をっ!?」  レオの言葉に、バルキリーは一瞬で真っ赤になって言葉に詰まってしまう。その様子を勘違いしたレオは、慌ててまた謝った。 「ご、ごめん!不謹慎だったよね」 「い、いや…べ、別にそんなことは……〜〜〜っ!わ、私は先に行く!」 「へ?」  バルキリーはしどろもどろになって早口でそう言うと、レオを追い抜いてさっさと先に山に入っていってしまった。レオは思わずそ れをぽかんとした間抜けな顔で見送ってしまう。 「どうしたんだろう?そんなに怒らせちゃったかな…って、ちょっと待ってよ、バルキリー!」  自覚のカケラも無い台詞を吐いて、慌ててバルキリーを追うレオ。その後に慌ててスケッチと言霊が続いていく。  その一部始終を見守っていたねこまたまたは、そんな彼らを見送りながら、やはり呆れた様子で小さく嘆息した。 「…レオが一番ばかだ」  そうぼそっと呟いた後、レオの元に追い付くべく森の中へ走っていった。  続く 後書き バルキリーには弄られ属性があるのではないかと密かに思っているkINTAです。 滅茶苦茶今更ですが、あの歌声をもう一度の4話をアップしました。 …実はこの話の9割がたはとっくの昔に書き終えていたんですけどね。それからなんか身が入らなくなってしまって、気付いたらこん なことに… しかも予定していたところまで進まなくて、更に長くなりそうな予感が…ま、まぁ何とかなるでしょう、ええ。 で、次回はオリキャラが出ます。まぁ、別の場所に行く以上仕方の無いことなんですが。 一番の問題は、その次回がいつになるかと言うことですね。(爆 では。宜しければ感想などを頂けると嬉しいです。