あの歌声をもう一度 2 「それで、これからどうするのよ?何かあてはあるの?」  程なくして館に戻ったところで、改めて言霊がレオに訊ねた。 「うん、とりあえずクスシに相談してみようと思うんだ。博識なクスシなら何か知ってるかもしれないし、仮に分からなくても声を元 に戻せる薬を作れるかもしれないから」  レオは館への道すがらに予め考えていたことをスラスラ答える。  突然声が変わることの原因として考えられるのは、誤って変なものでも食べたか、呪い(魔法)によるものくらいしかないだろう。 前者なら解毒薬があるかもしれないし、後者にしても解呪の薬があるかも知れないということで、それ専門のクスシに訊くのが一番手 っ取り早いとレオは考えたのだ。 「そうですね。クスシさんなら物知りですから、きっと何か知ってますよ」 「ふんっ、ま、いいんじゃない」 「無難なところに逃げましたね」 「…レオが決めたなら、構わない」  レオの案に言霊達は口々に同意(?)した。実際、情報集めくらいしか手が無いので、異論の出ようも無いが。  とりあえず方針が決まったので、クスシの部屋に向かって館の広い廊下を並んで歩き始める。館の廊下は総勢5名が集まって歩いて いても、十分に余裕があるほど広い。女の子モンスター使いは多数の従魔を引き連れることが多いので、そのために広く作ってあるの だろう。  しばらく歩いていると、廊下の分かれ道で困ったようにキョロキョロとしているメイドさんと出くわした。メイドさんはしばしどち らに行くか悩んでいたが、レオに気付くとやや気恥ずかしそうに居住まいを正し、礼儀正しくお辞儀した。 「ご主人様、お帰りなさいませ」 「うん、ただいま。ところで、どうしたの?何か探しているようだったけど…」 「あ、はい、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。実は、少々用事がありましてちょーちん様を……」  レオの質問に答えかけて、メイドさんはレオのすぐ後ろを歩いているちょーちんに気付いた。ちょーちんの方も自分の名前が出たこ とに気付いたのか「え?私ですか?」と不思議そうな顔をしている。その様子を見たメイドさんは呆れたように嘆息して、ちょーちん に話し掛ける。 「ちょーちん様、こんなところに居らしたんですか」 「えーと、さっきまでは外にいたんですけど……私に何か御用ですか?」 「はぁ……やっぱり忘れていらしたんですね。昨日、倉庫掃除のお手伝いをお願いしたのですが……」  言われ、ちょーちんはうーんと上を見ながら考えて、しばらくしてポンッと手を叩いた。 「ああっ、そー言えば、昨日そのようなことをお願いされました。すっかり忘れてました」  能天気な言葉に、メイドさんは再び嘆息する。 「忘れてました、ではありません!約束の時間になっても一向に姿が見えませんでしたので、ずっと探していたんですよ」 「あうう……すみません」  珍しくキツイ口調で諌めるメイドさんに、ちょーちんは只管恐縮そうに身を縮める。ちょーちんがあまりに小さくなっているのを見 かねたのか、レオが「まあまあ」と口を挟んだ。 「それより、ついに倉庫掃除するんだ?」 「はい、先日リサ様とご相談して、とりあえず分類分けだけでもしておきましょうと言う話になったんです」  因みに、リサと言うのはバッチの従魔のメイドさんのことである。レオ達がバッチの館に世話になることが決まった当初は、レオの 従魔のメイドさんと家事の分担について激しいバトルを繰り広げていたが、現在はお互いの領分を尊重した良好な関係になっているよ うだ。 「あー、確かにあそこは雑然…を通り越して渾沌状態になってるからね」  メイドさんの言葉を聞いて、レオは倉庫の様子を思い浮かべて苦笑を漏らした。  バッチの館にはかなり広い倉庫があるのだが、バッチが帰って来る度に冒険の途中で手に入れた財宝やらあやしい魔法具やらを放り 込んでいくので、いつのまにか訳の分からない物が散乱する無法地帯と化してしまっていた。しかも日光による劣化を防ぐため窓が無 くて常に真っ暗になっており、散乱した魔法具が変な干渉をするのか魔法の灯りを灯すこともできず、唯一の光源はぼんやりとしか照 らせないカンテラだけ。下手に踏み込んだら何かにつまずいて怪我しかねないし、そうでなくても貴重な魔法具を壊してしまうかもし れない。そんな劣悪な環境もあり、何とかしなくてはと思いつつ今まで放置されていた。 「でも、本当に大丈夫なの?」  レオが少し心配そうに確認する。彼も倉庫が放置されていた事情を知ってるので、当然の疑問だった。 「ええ、それでちょーちん様の力をお借りすることにしたんです」 「あ、なるほど」  その返答にレオが納得したように頷く。因みに、彼が納得した理由は、ちょーちんがメイドさんに匹敵する整理整頓技術をもってい るから…等と言うことは決してなく、彼女の額についているぼんぼりである。ちょーちんのぼんぼりは本人の意思である程度自由に明 るさを調整することができる。その明るさはカンテラの灯りとは比べ物にならず、倉庫内全体を照らすことも可能だ。 「それで、予定通りちょーちん様のお力をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」  レオへの説明を終えたメイドさんは、改めてちょーちんに向き直って説明した。ちょーちんは困ったように両手を胸の前で組み、横 目でレオの顔を盗み見ながら答える。 「で、でも…レオのお手伝いをするって約束してしまいましたし…」 「あ、僕達の方はいいから、メイドさんを手伝ってあげて。それに、先約だったんでしょ?」  気にしないでと微笑むレオに、ちょーちんは少し渋りながら小さく頷く。 「…そうですねぇ、分かりました。じゃあ、あの、レオ達も頑張ってくださいね」 「うん。メイドさんとちょーちんも頑張ってね。あ、ちょーちん、くれぐれもぼんやりして散らかってるものに躓かないよう注意して ね?」 「わ、私はそんなにぼんやりなんてしてないですよっ……って、な、何なんですか?皆さん、そんな目して見ないで下さい」  自分に注がれる生暖かい視線に気付いて不満そうに抗議するちょーちん。 「まぁ、ちょーちん様のことは怪我をさせないように私が十分留意しておきますのでご安心下さい」 「うん、よろしく頼むよ」 「うう……メイドさんまで酷いですよぅ……」  不満そうに頬を膨らませるちょーちんの姿にレオとメイドさんは小さく笑みを漏らす。それから、メイドは改めてレオに一礼してち ょーちんを促した。すっかり話し込んでしまったが、リサを待たせているのであまり時間に余裕はないのだ。 「それではご主人様、私はこれで失礼します。では、行きましょう、ちょーちん様」 「わ、分かりました。じゃあ、あの、失礼します」  並んで廊下の向こうに消えていく二人を、レオ達は何となく見送った。 「あ、でも、ひょっとしたら、私の出番ってこれだけなんですか?折角新技お披露目してまで強引に出番作ったのに」 「……いいではありませんか。私なんてこれっきりなんですから」 「……メ、メイドさん?もしかして怒ってます?」 「怒る?一体どこに怒るような理由があると言うのですか?」 「あうう……やっぱり起こってます〜」  そんな遣り取りがレオ達の耳に届く。 「…ええと、じゃあ、僕たちも行こうか」 「そ、そうね」 「出番…」 「…にぅ」  微妙に気まずくなった雰囲気を誤魔化して、ちょーちんと別れたレオ達は改めてクスシの部屋に向かった。 「なるほど、そのようなことがあったのか」  その後、何事も無くクスシの部屋にたどり着いたレオ達は、早速事情を説明していた。 「うん、何か思い当たりはないかな、クスシ?」  レオの言葉に、クスシはふむと頷いて考える。 「言霊の声が変わったのは、恐らく『さえ○りの蜜』が原因じゃろう」 「『さえ○りの蜜』?」 「うむ。伝説の森の民、エルフが愛用していた飲み薬と言われておる。この薬の飲んだ者は、この世のものとは思えぬほどの美しい歌 声を手に入れられるのじゃ」 「ふぅん、そんなものがあるんだ」  感心したように呟くレオ。 「もっとも、単純に古代のマジックポーションと言う説もあれば、太古に絶滅した花の蜜を集めて作られたとも言われておるのじゃが な。その真偽は分からぬが、現在では精製不可能な薬である事は間違いあるまい」 「クスシでも作れないの?」 「くやしいことにな。まぁ、現在ではどうやっても手に入らぬ材料ばかりじゃろうが」  クスシとしての矜持がそうさせるのか、幾分か悔しさを滲ませた声で答える。そして、「おお」と思い出したように付け加えた。 「因みに、伏字の理由じゃが、これは大人の事情と言う奴じゃ」 「…大人の事情って?」  意味不明な言葉に「は?」とポカンと口を開けるレオに変わって、スケッチがポツリと訊ねる。クスシは「うむ」と頷いて、 「ネットワーク上の無法地帯にある二次創作とは言えども、最低限の義を通す必要はあると言うことじゃ。決して、作者がどちらの文 字が入るか分からなかったから伏字で誤魔化したという訳ではないぞ」 「なるほど、決して作者がどちらの文字が入るか分からなかったから伏字で誤魔化した訳ではないんですね」 「その通りじゃ。決して、作者がどちらの文字が入るか分からなかったから伏字で誤魔化したという訳ではないのじゃからな」 「あの、どうしてそんなにも強調させるように繰り返すの?」  執拗に確認するスケッチ、クスシの二人にレオが控え目に突っ込む。 「って、そんな話はどーでもいいのよっ!」  そこで、いつまでも進まない話にさして太くない言霊の堪忍袋の緒が切れた。彼女にとっては自分の歌声が元に戻るかどうかが重要 であって、原因解明に関してはそれほど重要ではないのだ。 「それで、あたしの声を元に戻すことはできるの!?どうなの!?」 「まぁ、落ち着くのじゃ。もし、『さえ○りの蜜』が原因ならば、おぬしの声を元に戻すことは可能じゃ」 「本当!?」  掴みかからんばかりに身を乗り出す言霊をどうどうと両手で牽制しながら、クスシは首肯する。 「『さえ○りの蜜』が原因ならの話じゃがな。じゃから、それらしいものを飲んだ記憶があるかどうか教えて貰えぬか?」 「それらしいものって……」  問われて記憶をたどる言霊に、クスシが補足する。 「こう…翼の意匠を施した透明なガラスの瓶に入っている、淡い蜂蜜色の少し粘り気のある液体なのじゃが」 「うーん…最近、そんなの飲んだかしら…?」 「あっ!」  言霊が必死で記憶を辿っていると、レオが突然何かに気付いたように声を上げた。 「…レオ?」 「……?」  レオのすぐ後ろに控えているスケッチとねこまたまたが不思議そうにレオを見遣る。レオは「あ、ごめん」と謝罪してから続けた。 「…それ、僕に心辺りがある」 「レオに?」 「うん」  言霊に聞かれ、レオは少し気まずそうに俯いた。 「その、ちょっと前に『喉にいいって話だから、良かったら使ってみて』って、蜂蜜あげたことがあったよね?」 「う、うん。もちろん覚えてるわよ」  返答がちょっとだけどもっているのは、レオに貰った時のことを思い出して照れているのだろう。 「多分、その時に上げた蜂蜜が、『さえ○りの蜜』だと思う」 「ええっ!でもあれ、茶色のガラス瓶に入ってたわよ?」 「その……詰め替えたから」  一瞬、沈黙が流れる。間を持たせるように、クスシが呆れたように口を開いた。 「レオ殿、『さえ○りの蜜』は容器自体に保全の魔法の効果が掛かっておるから、詰め替えない方が良かったのじゃが…」 「うん、ただの蜂蜜だと思ったから、光で劣化しないように色付きの瓶に詰め替えたんだ。元々は、さっきクスシが言った通りの瓶に 入ってたんだよ」  ただ、レオが『さえ○りの蜜』をただの蜂蜜と思ったとしても仕方が無かった理由はある。レオが例の『さえ○りの蜜』を手に入れ たのは近所の街のフリーマーケットで、売り出されていた時の説明書きには『喉に良い蜂蜜』としか書かれてなかったからだ。しかも、 価格に関しても蜂蜜としては高いと言う程度で、レオの手持ちで十分に買える程度だった。それが実は伝説級の薬だったなどと、一体 どうして想像することができようか?  が、そんな事情を知らない言霊は、驚いたこともあってつい非難じみた台詞を口にしてしまう。 「じゃあ、あたしが歌声が変になっちゃったのは、レオのせいだったの!?」 「……うん、ごめん」 「あ……」  小さくなって謝罪するレオを見て、言霊が失言に気付いて口を噤んだ。 (そ、そんなつもりじゃなかったのに…)  レオからその蜂蜜(今回のことで『さえ○りの蜜』だと判明したが)を貰っとき、自分のことを気に掛けてくれていることが分かっ て本当に嬉しかったのだ。素直じゃない言霊は受け取る時に『ふ、ふんっ、無駄にするのももったいないから、貰ってあげるわ』と強 がっていたが(顔が真っ赤だから照れ隠しなのはバレバレだったが)、その日から毎晩その蜂蜜を大事そうに少量ずつ飲んでは『レオ があたしのために…べ、別に嬉しくなんてないわよっ』と誰も居ないのに言い訳しながら、嬉しそうににへらと頬を緩めていたのであ る。  今思えば、効果が直ぐに表れなかったのは、少量ずつ飲んでいたからなのだろう。飲みきったのは一昨日のことだから、歌声が変わ った時期とも一致している。 「まぁ、レオ殿も悪気があってのことではないのじゃ。許してやってくれぬか?」 「…そ、そんなの分かってるわよ!」  フォローのつもりか、クスシが口を挟んできたため、言霊はついいつもの調子で返してしまった。その後で、物凄く後悔する。 (う〜…クスシがそんなこと言うから、謝れなくなっちゃったじゃない!)  レオは善意でしてくれたことなのだから、それを非難した自分が悪いということくらいは意地っ張りな言霊だって百も承知だ。だが 、ああやって返事してしまった以上、今更素直に謝ることはできない。 「いや、いいんだクスシ。確かに、これは僕が軽率だった。一度クスシにどんな薬なのか確認しておけばこんなことにはならなかった んだから」  レオの言い分も一理あるが、『喉に良い蜂蜜』と説明書きされていたのだからそこまで気を遣うのは中々難しいだろう。  だが、レオは自分の失態を恥じるように、本当に申し訳なさそうに言霊に向かって頭を下げた。 「本当にごめん。僕が不注意だったばっかりに…」 「あ、謝らなくったっていいわよ。別に怒ってなんていないんだから」  そんなレオに、言霊はやはり強気な態度で返してしまう。 (…素直に謝るチャンスだったのに、なんであんなこと言っちゃうのよ)  その事に言霊はまたも後悔したが、逆にレオは安心したように嘆息した。 「うん。ありがとう、言霊。…じゃあ、何としてでも言霊の歌声を元に戻さないとね」  にっこりと微笑みかけてくるレオに、言霊は何も言えなくなってしまう。それから、レオはクスシに向き直って訊ねた。 「それで、確か戻す方法があるって言ってたよね?」 「あ、そう言えばそうよ!」  その言葉に言霊も気を取り直す。結局謝ることはできなかったが、レオが気にしてない以上彼女が気にしても詮無いことだ。 「まぁ、あることにはあるのじゃが…」  クスシは言うべきかどうか悩むように語尾を濁らせる。 「なによ?もったいぶらないでよね」  自分の声を戻すことでいっぱいいっぱいの言霊は、焦れたように問い詰める。  クスシは「そうじゃな」と頷くと真剣な表情になった。 「これは念のための確認なのじゃが…本当に戻してしまっても良いのか?」 「いいのかって…当たり前じゃない!」 「話はこれからじゃから、これを聞いた後で判断してくれぬか?」  いきり立つ言霊をやんわりと宥めて、クスシは話を続ける。 「実はな、『さえ○りの蜜』は、歌声を綺麗にするだけでなく、歌声自体に力を与える効果もあるのじゃ」 「歌声に力を与える?」 「うむ、先程の言霊の歌でちょーちんとねこまたまたが眠ってしまったと言う話じゃが、あれは歌声に癒しの効果が付与されていたの じゃろう。レオ殿も思い当たることがあるのではないか?」 「…そう言えば、歌を聞いてから疲れが取れたように体が軽くなったような気がしたけど…」  聞いていた時の妙にリラックスできた状態を思い返しながら呟くレオ。そう言えば、館から結構離れたところまで歩いたのに、疲れ たような感覚が全くしない。 「で、でも、あたしはそんなことを狙って歌った訳じゃないわよ?」 「相手に聞いてもらおうとして歌う時は、プラスの想念が働くからの。故に、それを聞いた者に良い効果が現れたのじゃろう。逆に敵 意を込めて歌えば、その敵意を向けられた者に悪い効果をもたらすはずじゃ。じゃが、儂の知る方法で声を戻してしまっては、その効 果まで無くなってしまうのじゃ。本当にそれでもかまわぬのか?」 「う……」  もう一度念押しされて、言葉に詰まる言霊。いつもの彼女なら、そんなものよりも自分の歌声の方が大事に決まっていると啖呵を切 っていただろう。だが、先程レオに当たってしまった負い目が、彼女を弱気にしていた。 (パワーアップしたんだったら、レオもそっちの方が嬉しいよね…)  それにそうなれば、今まで以上にレオの役に立つことができる。それは、従魔である言霊にとって望むべきことだ。  だが、言霊が悩むまでもなく、レオがきっぱりと言った。 「ううん、それでも戻すべきだよ。元々言霊が望んでなかったことを、後になって理由をつけて引き止めるのはよくないと思うんだ」 「…レオは、それでいいの?せっかくあたしがパワーアップしたのに」  驚いて、珍しく思ったことをそのまま発言した言霊に、レオは「うん」と微笑みかける。 「言霊は元の歌声に戻りたいんだよね?もし、後になって歌声が変わってでもパワーアップしたいと思うことがあったら、その時はま た僕が『さえ○りの蜜』を探してプレゼントするから」  レオの方にも、自分のせいで言霊に迷惑かけてしまったと言う負い目がある。無論、レオはこのことで言霊が自分を非難していると は思っていない。それでも、言霊の歌声が変わってしまったのはレオに原因があるのは確かなのだから、その責任はとらなければなら ないと考えていた。 「レオ…そうよねっ!まずはあたしの歌声を戻す方が先決よ」  レオの言葉に言霊はいつもの調子を取り戻してそう宣言する。クスシはその遣り取りを見て面白そうに口元を歪めた。 「ふふっ…レオ殿にそこまで言ってもらえるとは、言霊は幸せ者じゃな」 「へっ?そそ、そんなことないわよっ!」  真っ赤になって否定する言霊に、クスシはにやりと意地の悪い含み笑いを漏らした。 「さて。では儂の知る方法について説明するが、良いか?」 「あ、うん。お願い」  改めて続きを促すレオに、一つ咳払いして続ける。 「儂の知る薬に『声変わり以外の要因によって変質してしまった声を強制的に元の声に戻す薬』があるのじゃが、それを使えば間違い なく元の歌声に戻せるじゃろう」 「…なんか、凄まじく都合のいい薬ね」  その言葉を聞いて、クスシは苦笑を浮かべた。 「実際、都合のいい薬なのは間違いないのじゃ。この薬を使えば、声に関するものならば些細な風邪から呪いのような強力なものまで、 一緒くたにして治してしまうのじゃからな」 「なんだか、凄い薬だね」 「…じゃが、問題が一つある」  と、ここまで得意げに説明していたクスシが、そこで一度言葉を切った。 「問題?」 「と言っても、大したことではないのじゃが……」  クスシは「ちょっと待っておれ」と断ると、部屋の本棚から一冊の本を取り出して持ってきた。手帳くらいの大きさで、ページ数は 300ページほど。背表紙には『携帯用植物図鑑』と書かれている。クスシはそれをパラパラと捲り「これじゃな」と呟いてからその ページをレオ達に見せる。  そこには、実に変わった姿形の野草の絵がのっていた。地中から直に八方に分かれて枝葉が伸び、それがぐるぐると螺旋を作って絡 み合いながら空に向けて広がっている。野草と言うよりは、まるでメガホンが地面から生えているように見える。  その絵の下には野草の名前と説明が載っていた。 「……『やま○こ草』……?」  レオはその野草の名前を、何となく声に出して読んでみる。 「うむ、儂の言っていた薬を作るにはこの『やま○こ草』が必要なのじゃ。じゃが、今は生憎と切らしておってな」  クスシが頷いて説明する。 「また伏字ですね」  と、そこで今まで黙って聞いていたスケッチが唐突に口を挟んできた。レオが驚いて振り返る。 「ス、スケッチ?どうしたの、急に?」 「いえ、先程まで絶賛放置プレイでしたが、伏字と来たら私の出番かなと思いまして」  相変わらずの読み難い表情で淡々と言うため、皮肉なのかどうかもイマイチ判断できない。 「…えーと…とりあえず、放ったらかしにしてごめん」 「いえ、私は言わば部外者ですので口を挟まなかっただけですから、気にしないで下さい」  訳が分からないが、スケッチの台詞に一応皮肉と言うか非難っぽい言葉が入っていたように感じたので、レオは頭を下げた。確かに、 先程からレオ、言霊、クスシの三人で会話していたため、スケッチとねこまたまたは完全に蚊帳の外になっていた。 (…そう言えば、ねこまたまたは?)  さっきまで直ぐ傍に居た筈のねこまたまたの姿が見えない。ふと視線を落とすと、レオの直ぐ足元で丸くなって眠っていた。余程退 屈だったようだ。 (う〜ん、悪いことしちゃったかな……)  ねこまたまたには直接関係の無い話であったため仕方が無いが。  そのことは一旦置いておくとして、レオはスケッチにもう一つ気になっていたことを訊いた。と言うか、こっちの方こそ訊きたかっ たのだ。 「気にしてないならいいけど……え〜と、ところでどうして伏字だとスケッチの出番なの?」 「芸術的だからです」  スケッチはやけに強い調子できっぱりと断言した。そして頬に手をあてて、うっとりと虚空を見つめながら続ける。 「伏字……その隠された文字に神秘性を感じずに入られません。特にこの『やま○こ草』の神秘性は計り知れません」  …確かに、場合によってはとてつもなく秘密な意味を含むだろうが。因みに『やま○こ草』の伏字に変な意味は決して無い。いや、 マジで。  反応に困って絶句するレオを見て、クスシがやや引き攣った笑みを浮かべてフォローを入れる。 「ま、まぁ、先程伏字を使ったと言うとで、今回も使ってみただけのことじゃ。決してやましい意味はないのじゃぞ?」  なぜ語尾が疑問系なのかは突っ込まないのが人情と言うものだ。 「なるほど、伏字の世界はかくも奥が深いのですね」  スケッチがやはりいつもの掴み辛い表情でうんうんと頷く。なんともいえない微妙な雰囲気が流れ、眠っているねこまたまたが場違 いに大きな欠伸をしてまた目を瞑った。 「そ、そんなことより!この『やま○こ草』が無いから薬が作れないのよね?じゃあ、一体どうするのよ!」  焦れた言霊が強引に話を戻した。何やら顔が赤くなっているが、これも突っ込まないのが人情である。  クスシは話が戻ったことにほっと息を吐いてから、コホンと咳払いして続けた。 「なに、案ずることは無い。生息地は分かっておるし、幸いにも館の近くにもあるのじゃ。ここから少し東に行ったところに、緑に覆 われた山があるじゃろう?その山の頂上近辺で採取できる筈じゃ」 「そっか。そこなら朝から行って帰りに『帰り木』を使えば一日で帰って来れるね」  場所を頭に思い浮かべてそう判断するレオ。 「なら決まりよね。レオ、明日早速その山に『やま○こ草』を採りに行くわよ!」 「そうだね、こう言うのは早い方がいいし」  レオは意気揚々と言う言霊に素直に頷いてから「ただ」と前置きして続けた。 「その山は確かBランクのモンスターが出るから、よかったら皆にも手を貸して欲しいんだけど」  正確には、Bの下ランクのモンスターが徘徊している場所である。 「私はもちろんお手伝いしますよ。これも芸術のためですから」  一も二も無く頷くスケッチ。彼女は初めから全面協力するつもりだったので当然だろう。 「あ、私も付いてくから。どうせ暇だし」  そしてレオの足元で丸くなっていたねこまたまたが、突然起き上がって参加表明した。 「って、ねこまたまた、話聞いてたの?」 「どっか行くんだろ?なら暇だから付いてく。ついでに何かあるなら協力してやる」  相変わらずの素っ気無い返答だが、はっきりと『協力する』と言っているのがレオには嬉しかった。 「うん、よろしく頼むよ」 「ふんっ……じゃ、明日」  レオがそう言うとと、ねこまたまたは鼻を鳴らして部屋を出て行ってしまった。ちょっとだけ頬が赤かったようにも見えたから、も しかしたら照れているのかもしれない。 「…やれやれ、ねこまたまたは相変わらずじゃの」  それを見送ったクスシが苦笑を浮かべて、それから表情を曇らせてレオに向き直った。 「それで、儂じゃが……儂は、ちょっと難しいのじゃ。先日、大量の受注を受けてしまったからの」 「ああ、そう言えばそうだった」  クスシはその能力で様々な薬を作り、月に2度くらいのペースでレオに付き添って近所の街で行商している。現在その行きつけの街 でちょっとした伝染病が流行っており、つい先日大量の伝染病用の薬を作って欲しい頼まれたのだ。期限は後4日。まだ時間に余裕は あるが、だからと言ってのんびりしている訳にはいかない。 「それでも、レオ殿がどうしてもと言うのなら…」 「ううん、いいよ。ありがとう、クスシ」  クスシの言葉を遮って、レオがにっこりと笑った。 「街の人のためにも、一刻もはやく薬を作ってあげて。こっちは大丈夫だから」 「そうか。すまぬな、レオ殿」 「いや、僕の方こそ、いつも苦労掛けっぱなしでゴメン」  互いに神妙に頭を下げたのがおかしくて、二人の口からつい笑みが漏れる。 「それじゃあ、これ以上お邪魔するのも悪いし、僕たちはもう行くね。色々ありがとう、クスシ」 「せ、世話になったわ」 「ご迷惑おかけしました」 「なに、レオ殿のお役に立てたようで何よりじゃ」  話が纏まったところで、レオ達はクスシの部屋を後にして、翌朝の待ち合わせ時間と場所を決めて解散した。  続く 後書き どうも、KINTAです。どうにも文が書けず苦戦しまくって更新が大分遅くなりましたが、あの歌声をもう一度の続きをアップしま した。前回が『前編』で今回が『2』なのは気にしないで下さい。や、とても前中後編で終りそうにないので(汗 今回はちょーちん離脱と言霊の声が変わった理由についての話。ご都合主義過ぎますが気にしたら負けです(ぉ どうでもいいですけど、自分はメイドさんはちょっと黒いところがあるようなイメージがあります。いや、「……独り占めはよくあり ません」の台詞が妙に印象に残ったからと言うだけの理由なんですが。 続きは今度こそ近い内に……