もう一度従魔に  サルファは自分の隣でぐったりと眠っているソードマスターを気だるそうな目で眺めていた。  ソードマスターの姿は全裸で、先ほどまでの行為を示すように肌は薄っすらと赤く上気を帯びている。 「はぁ…」  が、その姿に感慨を抱くでもなくあっさりと目を外して嘆息する。 (…別に、悪くは無かったんだけどね)  少々筋肉質だったが、それでも十分に豊満で柔らかかった胸はサルファを満足させるに足るものだった。  そして何より、普段強気で他者を見下す態度をとる女を屈服させ、タチになって犯すのは楽しかった。 (ん〜、もっと楽しめると思ったんだけどなー)  しかし、それでもサルファは満たされなかった。  サルファの初体験の相手が、このソードマスターとは違うが、ソードマスターだった。正確には、ソードマスターと言う種族の女の 子Mだった。  Aランクのモンスターであるソードマスターに当時のサルファが勝てる筈もなく、その時はその無茶苦茶手練れな技で何の抵抗も出 来ずに何度もイかされたことを覚えている。  今回の行為は、その時の仕返しのようなものだ。だから、もっと盛り上がると思っていたのだが… (だいたい、私が望んでるのはこんなんじゃないんだよな。こんな冷たい道具なんかじゃなくてさ、もっと熱くて…)  ふと、そんなことを考えて、その思考に疑問を覚える。これではまるで自分が望んでいるものは… (…どうかしてるね、ったく)  浮かんだ思考を振り払うように頭を振る。 「はぁ…」  そして、もう一度嘆息して、空を見上げる。  サルファが振り払おうとした思考は、今は遠く離れた地にいる一人の男を容易く連想させた。 「レオの奴…今頃どうしてんだろ?」  かつて、自分の主であった女の子M使いの顔を思い出して、サルファは三度目の嘆息をした。  その嘆息に混じっていた感情は、不満ではなく寂しさと切なさだった。  サルファがマスターであったレオの元から離れたのは、二ヶ月ほど前のことだ。  その日、レオは自分の従魔達を集めて、神妙な顔つきで言った。 「皆に、聞いてもらいたいことがあるんだ」  その真剣な様子に、従魔達も神妙な様子でレオの言葉の続きを待った。 「…この前、バッチ師匠に解約の儀について教えてもらったんだ」  その言葉に、静かだった場が騒然となる。レオがなぜそんなことを言い出すのか、もしかしてレオは従魔の契約を切るつもりなのか、 そんな内容の言葉が、或いは悲しそうな、或いは苛立ったような、或いは訝しがるような声でそこかしこから聞こえてくる。レオはそ れを押さえるように、声を張り上げた。 「僕だって、ずっと皆と一緒にいたい!それは本心だから信じて!」  その真摯な言葉に、皆が騒ぎを収める。レオはそのことにほっと安堵の息を漏らしてから、表情を引き締めて言った。 「…元々、僕がイカパラに訪れたのは、イカ男爵を倒して皆を自由にするためだったんだ。イカ男爵を倒すには、違う種族の女の子モ ンスターでも一致団結する必要があった。そんな特殊な状況下だったから、敢えて僕の従魔になってくれた子もいたかもしれないと思 うんだ。だから、本当は従魔になりたくなかった子や、自由になりたい子がいたら……僕は、その子との従魔の契約を切る。だから、 そう思う子がいたら、僕に言って欲しいんだ」  その言葉に、皆の間から苦笑が漏れる。今更、誰がレオの元を離れようというのか。  だが…一人だけ、その言葉に反応した者が居た。サルファだ。 「…じゃ、あたしは解約してもらうよ。元々、男の従魔になるのなんて嫌だったからね」  周囲の驚きを無視して、サバサバとした口調で言うサルファ。その顔に、迷いは見られない。  レオは一瞬寂しげな顔をしたものの、すぐに無理に微笑を浮かべてサルファに向き直った。 「…分かった。じゃあ、この会議が終ったら後で僕の部屋に来て。そこで解約の儀を行うから」 「はいはい」  レオの言葉に気のない返事で答えるサルファ。  結局、解約を希望したのはサルファだけだった。  レオは自分の部屋に来たサルファに、礼を述べた。 「サルファ…今まで、ありがとう。それと、解約するのが遅くなってゴメン。僕が未熟だったばっかりに…」 「ん…まぁ、あんたのとこにいるのも楽しかったけどさ」  深々と頭を下げるレオに、サルファは逆に申し訳ない気持ちになって頬を掻きながらフォローする。その言葉にレオは微笑んだ。 「うん。僕もサルファが居てくれて良かった」 「…フンッ」  あまりにもストレートな言葉に、サルファはきまりが悪そうに鼻を鳴らす。その様子にレオはもう一度笑みを漏らす。  そして、真剣な顔になると、改めて言った。 「サルファ…じゃあ、今から解約の儀を始めるよ」 「あ、ああ。頼むよ」  一瞬、サルファの脳裏に(本当に、このまま従魔をやめても良いのか?)と言う疑問が浮かんだが、それを強引に押し殺して頷く。 「じゃあ、僕の目を見て…」  言われたとおりにレオと目を合わせるサルファ。ふと、そんな自分の行為に内心で苦笑した。従魔の儀の時は、目を合わせるのが嫌 で抵抗していたと言うのに。  レオはサルファのそんな内心も知らずに、儀式の言葉を述べる。 「従属の鎖に縛られしモンスター、是より貴殿の鎖を解き、野生へと開放する。我にその鎖を返上せよ」 「…我、鎖を汝に返上せん…」  サルファの口から、勝手に解約を受け入れる言葉が出る。同時に、自分の中にある何か大切な物が失われてしまったような喪失感を 感じた。  レオが深い息を吐く。 「…成功、したよ」 「そう…だね」  それだけ言葉を交わして。なんともいえない微妙な空気が流れる。  従魔でなくなった以上、サルファは自由であるはずなのに、この場から動こうとしない。いや、できない。 (ったく…なんだってこんなに離れ辛いんだい?)  サルファは苛々したように前髪を掻き揚げる。その様子を見て、レオが決心したように頷くと、沈黙を破った。 「…サルファは、これからどうするつもりなの?」  そして、いきなり本題に入る。 「…さてね。別にイカパラ行く前に住んでたとこに未練がある訳じゃなし、しばらくは旅しながら美味そうな女の子モンスターでも探 すよ」  茶化すような言葉にレオは一度苦笑して、すぐに真剣な顔に表情を引き締めた。 「サルファ…もう、君は僕の従魔ではなくなったけれど…それでも、サルファは一緒に戦った仲間だから」 「レオ…」 「だから、いつでもここに来てくれていいから。だから…ええと、遊びに来てくれると、嬉しい」  必死で訴えるレオに、サルファは呆気に取られたような顔になった後、ふっと小さな笑みを漏らした。 「分かった。ま、気が向いたら寄らせてもらうよ」 「よかった……」  本当に心からほっとしたように安堵の息をつくレオ。それを見て、サルファの心が余計に乱される。 (なんで…あんたはもう従魔じゃなくなったあたしなんかを気にかけてるのさ…)  そのことが苦しい。少し前…従魔の時なら無条件で受け入れられたことなのに。  そしてレオは最後に少し歪んだ笑みを作ると、未だ留まっているサルファにこう言った。 「…それじゃ、サルファ。今までありがとう。元気で」  レオに切り出させてしまった別れの言葉。  本来なら、ここを出て行くと決めた自分から言わなければならないことだったのに、レオに気を使わせてしまった。  いや、違う。レオはきっと自分が気を使われていると思って、自ら意を決してサルファの後を押したのだろう。  レオだって、きっと離れがたい筈だから。そんなことは、レオの寂しそうな目を見れば簡単に分かる。  レオだって……それは、自分も離れがたいと言うつもりなのだろうか? (…らしくないね)  サルファは少し重い溜息を付くと、軽い素振りで笑みを作った。 「…あんたもね。じゃーね」  踵を返して、ドアを開けて部屋を出る。  そして、振り返りたいと言う誘惑を無視して、サルファはドアを閉じた。  パタン、と妙に渇いた音がやけに耳に残り、そっと息を吐く。そこへ、 「あれ?サルファ?お前まだ残ってたのか?」 「…なんだ、バニラか」  これみよがしに嘆息してみせると、バニラはむっと不機嫌な表情になった。 「悪かったな、私で」 「ま、確かに不満なサイズだけどね」  サルファはバニラの胸元に視線を向けて、揶揄するように笑う。 「うるさいっ!胸のことは言うなーっ!」 「アハハ、やーい、ない乳ー」 「むっかー!」  バニラは不機嫌そうにサルファを睨んでいたが、暫くして「ふんっ」と鼻を鳴らして視線を逸らした。 「もういいっ、お前の相手をしてるほど私は暇じゃないからなっ」  そう言って横をすり抜けようとしたバニラに、サルファは尚もからかうような口調で続けた。 「へぇ?止めなくてもいいのかい?」  そう言うと、ドアノブに手を掛けていたバニラはきょとんとした顔でサルファに振り向いた。 「何だよ。止めて欲しいのか?」 「……っ」  予想外の返答にサルファは内心でギクリとする。いや、あんなことを言えば予想して然るべきことだったのだが、ほとんど無意識で 言ってしまったためその後のことを考えることなどできなかったのだ。 (…何言ってるんだよ、私は!?)  内心で自分の迂闊さを呪いつつ、どう答えようか悩み……幸いなことに、それはすぐに浮かんだ。 「…別に。ただ、あんたには無理やり目をこじ開けられて従魔にさせられたからね」 「うぐっ……そりゃそうだけどさ」  その通りだったので、バニラは渋々認める。サルファにとって、ここで出会ったのがバニラだったのは幸運だった。彼女でなければ、 こんな言い訳ができなかった。 「もういい。どうせ、私が止めたって聞かないだろ?」 「そうだね。セクシーナイトちゃんならともかく、あんたじゃね」 「本当、一言多い奴だな!」  分かり易くいきり立つバニラに、サルファはくくっと可笑しそうに笑う。バニラはそのことにさらに不機嫌そうに眉を吊り上げたが、 暫くして呆れたような息を吐いて詰まらなそうに付け足した。 「とにかく、私は止めないからなっ!…その必要も無いし」  はっきりと断言した後で、意味深に一言付け足す。 「そう?ならいいけどさ」 「ふんっ、お前なんかさっさと行っちゃえばいいんだ。じゃあな」  バニラは一方的に会話を打ち切ると『レオ、入るぞー』と言って返事も待たずに部屋に入っていった。  サルファはバニラがドアの向こうに消えるのを見送った後で、また嘆息する。  先程、うっかり「止めないのか」と聞いてしまった。そんなにも、自分は止めて欲しいと思ってるのだろうか? (そりゃ、セクシーナイトちゃんに止められるなら考えてもいいけどね。…まぁ、他の子でも悪い気はしないけど)  そんなことを考えて、その思考こそが止められたいと言う意思の表れだと言うことに気付き、はっと息をつく。 「まったく…らしくないね」  ひとりごちて、サルファは館を出るために玄関に向かった。  その後、他のレオの従魔と出会うことは無く、サルファは館を出て行ったのだった。  サルファはそこまで思い出して嘆息した。思い出す、と言う表現は少々語弊がある。ここ最近は何度も思い返していることだ。 「レオ……か」  呟いて、なんとは無しに空に視線を向ける。頭に浮かんでくるのはレオのこと。 (…レオのとこに行けば、セクシーナイトちゃんや髪長姫にも会えるんだよね) (…へびさんだって、見てる分には十分楽しいし。例え胸がちっちゃくても、女の子モンスターがいっぱいなのはいいしね) (それに、もしかしたら私の好みの子が増えてる可能性もあるよな…)  そう、レオの所に行けば。 「…って、なんで戻ること前提で考えてんのさ」  頭を振って思考を追い払う。だが、それでも浮かんでくるのはレオのことばかり。  からかった時のレオの困ったような顔。  不意打ちで鼻先にキスしてやった時の、きょとんとした顔――その後の真っ赤になった顔。  訓練している時の真剣な顔。 「……レオ……」  そしてレオのぬくもり。  レオに抱いてもらったこと。レオを受け入れたこと。レオを感じたこと。その全て。 「…………」  サルファは沈黙して目を伏せた。  もう女の子モンスターに会えるのような言い訳も浮かんでこない。ただただレオに会いたい。せめて、その顔を一目見たい。  レオに、会いたい―― 「……そうだね。顔を見るくらいなら、構わないさ」  決意した。それは、サルファのちっぽけな意地が折れた瞬間だった。  一度決めれば行動は早い。サルファはレオの元に向かうために立ち上がり、ふと、まだ傍らで眠っているソードマスターに視線を向 けた。 「…あんたは、まあまあ楽しかったよ。じゃね、子猫ちゃん」  身を屈めてソードモンスターの頭をぽんっと叩くと、まるで風のようにその場から駆け去った。  サルファの頭の中は、既にレオのことでいっぱいだった。  数刻後――  サルファはレオの住む館に辿り着いていた。空は僅かに白みを帯びているが、まだ夜は明けていない。  こんなにも早く館に辿り着くことができのたは、サルファが全力で駆けて行ったということもあるのだが、サルファの居た場所は元 々館からそれほど離れていなかったのだ。彼女はこの二ヶ月間、レオの住む館を中心にして、その円周上を回るように旅をしていたの だ。無意識の内にレオから離れまいとしていたのだろう。今更ながらそのことに気付いて思わず苦笑を漏らす。  そして、サルファは闇と同化して気配を消し、館に忍び込んだ。  とてもではないが、夜明けまで待てなかった。加えるなら、たった二ヶ月で戻ってきたことが少々恥ずかしかったと言うこともある。  誰にも見つからず、館に仕掛けられているトラップにも掛からずにレオの部屋に辿り着く。  サルファは小さく深呼吸すると、意を決してレオの部屋に入った。  部屋に入ったサルファの耳に、レオの規則正しい寝息が聞こえてくる。  サルファはゆっくりと足音を立てぬようにレオの寝ているベッドまで忍び寄り、レオの寝顔を見下ろした。 (ああ――)  喜びが、サルファの全身を駆け巡る。  ずっと焦がれていたレオに会うことができた。ただ、それだけのことで胸がいっぱいになる。 (やっぱり、もう駄目だ)  一目、レオの顔を見れば、それで満足するかもしれないと考えていた。  でも、そんなはずは無かったのだ。レオの顔を見れば、もう我慢ができなくなるに決まっていたのだ。  もう、二度と離れたく無くなるに、決まっていたのだ。 (…まったく、このあたしが、まさか男なんかの虜になるなんてね)  そんなことを思いながらも、サルファの顔には自然と笑みが浮かんでいた。  そして夜が明けて。  サルファはあれからずっとレオの寝顔を見つめていた。  レオが起きたらどうしたらいいんだろう?なんて話しかければいんだろう?レオは受け入れてくれるだろうか?  何度も何度もそんなことに思いを巡らし……しばらくして、レオがぐずるように身動ぎした。目を覚ます兆候だ。サルファの心臓が 跳ね上がる。 (いいから、落ち着け!)  サルファが必死で平静を装おうとする中、レオはゆっくりと瞼を開けた。 「や、やあ」  サルファは半ばパニックに陥りながらも、何とか挨拶のようなものをする。  レオはしばらく寝ぼけ眼でサルファを見つめ…そして、ようやくサルファがいることを理解すると、寝ぼけ顔を嬉しそうな満面の笑 顔に変えた。  それを見て、サルファは改めて思った。 (…あたしの、負けだね)  あんな笑顔を見せられては、もう二度と、レオから離れられる訳無いではないか。  サルファは柄にもなく緊張しながら、先程から何度もシミュレートしていた言葉を口にした。 「あ、あのさ、レオさえ良ければだけどさ、良かったらもう一度、あたしを、あんたの従魔に……」  fin  オマケ  因みに、サルファがレオの元に戻ってくることは、レオの従魔の間では初めから共通認識であったらしい。 「言っただろ?その必要は無いって」  そのバニラの言葉に、サルファは何も言い返すことができなかった。  後書き  ネタだけはかなり前からあったんだけどねー。  ども、KINTAです。GALZOOSS第3弾をアップしました。  因みに、サルファがメインなのは、こーゆー話にするキャラがサルファしか浮かばなかったからです。いや、ま、サルファも結構好 きですけど。  んで、この話の後日談…と言うか、サルファの帰還についての他の従魔の話をしようと思ってます。  メインは最強3人組の予定。  大した話ではないので、近い内にアップしたいなぁ…。  しかし、このサルファ純情過ぎ(笑)  あ、解約の儀式は超でっちあげなんで突っ込まないで(爆)