もう一度従魔に 裏話  サルファがレオの館に忍び込んだ頃。  バルキリーは自分用に当てられた館の一室のベッドで、寝息をほとんど立てずに静かに眠っていた。部屋には他にも雷太鼓、バトル ノートの姿があり、同じように眠っている。相部屋の理由は単純に部屋数が足りなかっただけのことで、レオの従魔は大抵2〜3人で 部屋を割り当てられている。  と、今まで静かに眠っていたバルキリーが、不意に目を見開いて上体を起こした。 (――っ!気配っ!?)  そのままベッドを飛び降りようとして、何かに気付いて思いとどまる。 (…ああ、そう言うことか。まったく、精進が足りないな…)  それから自分の行動を思い返し、苦笑を漏らした。  彼女が目を覚ました理由は、館の中に突然新しい気配が現れたのを感じ取ったからだ。しかも、マスターであるレオの部屋の前にだ。 多少の動揺は仕方無いだろう。  なら、なぜそのまま飛び出さずに思いとどまったのか?  それは、最上級の女の子モンスターである自分にも気配を気づかれずに館に侵入することができ、かつレオの部屋の前で油断して気 配を漏らしてしまうような相手に心当たりがあったからだ。 (あれから…二ヶ月、か?…思いの外、長かったな)  自分では到底無理だなとそんなことを考えていると、横合いから声が掛かった。 「ふぁ…あ…なんだよ、バルキリー。急に飛び起きたりして」 「何かあったのか?」  雷太鼓とバトルノートだ。バルキリーが飛び起きたことに気付いて目を覚ましたのだ。  訊かれたバルキリーは、小さく息を漏らして平然と答える。 「大したことではない。ただの侵入者だ」 「なるほど。そう言うことか」  バトルノートはそれだけで全てを悟ったらしく平然と応じた。 「へぇー、侵入者ねぇ……って、そりゃ一大事じゃねぇか!?」  が、雷太鼓はバトルノートとは反対の反応を見せ、慌てて飛び起きる。そのまま部屋を飛び出そうとしたところで、バトルノートが 引き止めた。 「待て。慌てる必要などどこにもない」 「へっ?」  部屋から出ようとしたところで急ブレーキかけて振り返る。きょとんとした顔を見るに、何故止められたのか分かってないようだ。 「もし危険な相手ならば、とっくにバルキリーが飛び出しているだろう?」 「…ああ、そう言やそうだな。でも、なんで危険な相手じゃないって分かるんだ?」  まだ分かっていない雷太鼓に、バトルノートは出来の悪い生徒を前にした教師のように溜息を吐く。 「…我らに気配を悟らせずに侵入するこができ、かつ気付いても殺気の欠片も感じさせない相手。さて、そのような者は一体どれくら い居るだろうな?」  雷太鼓は少し考えて…すぐに答えを出した。 「…ああ、なんだ。サルファか。…ってバルキリー、引っ掛けやがったな!」 「私はただ事実を述べただけなのだが…」  雷太鼓の言葉に困ったように応じるバルキリー。彼女は完全に素だ。雷太鼓にもそれが分かったらしく「まあいいけどよ」と気勢を 削がれた様に呟く。  サルファが戻ってきたことに対する驚きは無い。彼女たちの間で、いや、全てのレオの従魔の間では、サルファが戻ってくることは 決定事項だったのだ。  ただ… 「でも、サルファが出てったのって、確か2ヶ月前だろ?よく今まで粘ったよな」 「まあ、その点に関しては私も驚いているよ。おかげで、盛大に外してしまった」  二ヶ月もレオの元を離れることが出来たことは意外だったようだ。雷太鼓もバトルノートもこれに関しては驚いている。 「…外す?」  バルキリーがバトルノートの言葉に反応して聞き返した。 「サルファがここを出て行った翌日、はりまおーがいつサルファが戻ってくるか賭けをしていただろう?私も余興にとそれにのってい てな」 「ああ、そう言やあたしもやったな、それ。あたしも外したけどよ」  賭けの対象にするには少々不健全なことであるが、そのくらい決定事項だったのだ。 「あ、ああ。そのことか」  と、バルキリーが少しだけ表情を硬くした。不機嫌そうに、と言うよりも気まずそうに。別に賭け事が不健全だからと怒っている訳 ではないだろうが…  それに気付かずに、雷太鼓は話を続ける。 「で、盛大に外したって言ってたけど、バトルノートはいつに賭けたんだよ?」 「一週間だ」 「一週間だぁ?」  やはり平然と答えるバトルノートに、雷太鼓は呆れたような声を出す。それを聞いたバルキリーは、なぜかさらに気まずそうに表情 を硬くする。 「あのなぁ、いくらなんでも一週間はねぇだろ?」  その疑問に、バトルノートは薄い微笑さえ浮かべて答えた。 「なに、我が身に置き換えたら、それが限界だと思っただけのことだ。やはり、賭け事は私情を挟むとろくな結果にならないな」  雷太鼓は思わず言葉を失ってしまう。今のバトルノートの台詞は、レオと一週間以上離れることはできないと言っているようなもの だ。 「…よくそんなこと言えるな、お前」 「そうか?従魔が主を慕うのは当然のことだろう?何も恥ずべきことは無いと思うが」  やはり平然と答えて、口元に微かに意地の悪い笑みを浮かべると不意にバルキリーに話を振った。 「そうだろう、バルキリー?」 「…っ、あ…ああ。そ、そうだな」  急に話を振られて、妙にうろたえるバルキリー。かなり挙動不審だ。さすがに怪訝に思い、雷太鼓が訊ねる。 「さっきから様子がおかしいけどよ、なんかあったんか?」 「…い、いや、別に何もない」 「…ならいいけどよ」  バルキリーの様子から何かあることは明白なのだが、鈍いと言うか大雑把な雷太鼓は特に気にせずに話を戻した。 「ま、あたしじゃ、そんな恥ずかしいことはとてもじゃないけど言えないね」 「なら、参考までに聞いておくが、お前はいつサルファが戻ってくるに賭けたんだ?」 「んーと、一ヶ月、だったっけな。外してから忘れてたから、よく覚えてねぇけどよ」  余談だが、この賭けの中で最も多かったのが一ヶ月である。サルファはたった二ヶ月でと恥じていたようだが、何のことは無い。も う既に皆の予想をあっさりと超えていたのだ。  バトルノートはその答えにニヤリと笑みを浮かべる。 「なるほど。つまりお前は一ヶ月間レオに会えなくても我慢できる、と。そう言う訳なのだな?」 「そ、それとこれとは話が別だろ!あ、あたしはだなぁ、サルファの奴も意地があるだろうし、そう考えるのが普通かなって思っただ けでぃ!」 「…それが普通なのか…」  慌てて弁解する雷太鼓の言葉に、なにやらショックを受けた様子で呟くバルキリー。そこへ空かさずバトルノートが話し掛ける。 「おや?バルキリー、どうした?先程から様子がおかしいが」 「い、いや。大丈夫だ。何も問題は無い」 「…本当かよ?」 「あ、ああ。本当だ」  雷太鼓の言葉にも首を振って否定して、しかし表情は気まずそうに固くなったままだ。  本人が否定している以上、これ以上突っ込んでも仕方が無いので、バトルノートは改めて話を続けた。 「しかし、私の一週間などまだまだだ。一人だけ、私よりも短い期間に賭けた者がいるらしいからな」 「一週間より短いって…いつに賭けたんだよ、それ?」  先程よりも呆れたように雷太鼓が訊き、バルキリーはさらに気まずそうに視線を逸らす。  バトルノートはそんなバルキリーの様子を横目で見ながら、言った。 「三日だ」  ビクッとバルキリーが体を震わせたのがバトルノートの視界の端に映った。 「まぁ、さすがに賭けた者の名前までは教えてもらえなかったがな」 「三日って…旅行じゃねぇんだぜ?」  雷太鼓は呆れを通り越したのかむしろ感心したように呟く。バトルノートもそれに苦笑して応え、 「まぁ、それだけ想いが深いということなのだろう。…バルキリーはどう思う?」  妙に楽しそうにバルキリーに話を振る。 「え?…そ、それは…」  バルキリーは見るからに挙動不審の様子で口篭っている。 「そ、そう言えば、少し気になることがあるから、私は少し館内を見てくる」  そして、誤魔化すように口早にそう言うと、慌てて部屋を出て行こうとした。 「へっ?でも、侵入者はサルファなんだろ?」 「そ、それはそうだが…べ、別件だ」 「何ならあたしも付き合うけど…」 「い、いや。大したことではないから一人で大丈夫だ。ではな」  それだけ言い残して、返事も待たずにさっさと出て行ってしまう。雷太鼓はそれを怪訝そうに見送った。 「なんでぇ、バルキリーの奴?」 「…むしろ私は、未だに分からないお前が驚嘆なのだがな」  呆れたように嘆息するバトルノートにむっとして聞き返す。 「じゃあ、何のことだよ?」 「…先程、三日と答えた者の話をしただろう」 「ああ。それが何だよ?」 「あれはバルキリーだ」 「へっ?バルキリーが!?」  雷太鼓の反応に、バトルノートは鷹揚に頷いた。 「ああ、間違いない。まぁ、あんな私情に塗れた答えなど、余程不器用な者ではないとできないと思ったから、ある程度予想はついて いたがな。やはりあの朴念仁だったか」  自分のことは平然と棚にあげている。 「へぇ…あのバルキリーがなぁ…賭けにのったってだけでも驚きなのによ」  雷太鼓は尚も驚いたようにと呟いている。  バトルノートは意地悪な笑みを浮かべると、面白そうに問いかけた。 「さて、あの堅物が逃げ出した理由は、似合わない賭けにのったことを知られたくなかったのか、それとも『三日』の根拠を知られた くなかったのか……一体どちらであろうな?」  end  オマケ  尚、先程の賭けであるが、一人だけ二ヶ月に賭けて見事勝利した猛者がいた。  それは誰かと言うと… 「……フフ……会いたいのを我慢して離れる……これもある意味マゾよね……」  ちゃぷちゃぷだった。  そう言う特殊なオプションをつけても二ヶ月だったことは、短いと取るべきか長いと取るべきか…  どちらにしろ、サルファにとってはさぞ不本意だっただろう。  後書き  とまぁ、これだけの話。  ども、KINTAです。まぁ、こーゆーことで賭け事するのもなんですが、意地っ張りなサルファに対するからかいみたいなものと言う ことで。帰って来ると信じてないとできないことだし、そう悪いことではないよね。うん、そう決めた。  しかし、これじゃバトルノートただの虐めっ子だ…(笑  因みに、何を賭けていたのかは…秘密(待て  あ、サルファが気配漏らしたのは、レオの部屋の前で深呼吸した時です。や、細かいことなんでどーでもいいことですけど。 蛇足のバルキリーが賭けた時の状況 はりまおー「あら?バルキリーも賭けるの?珍しい」 バルキリー「たまには…な。こう言うのも悪くないだろう」 はりまおー「ふぅん。ま、私としては面白いからいいけど。で、いつにするの?」 バルキリー「五日だ」 はりまおー「……本当にそれでいいの?」 バルキリー「あ、ああ……いや、待て。三日にする」 はりまおー「(…短すぎるからそれでいいのって訊いたつもりなんだけどね…ま、いっか。こっちの方が面白いし)分かった。三日ね」 バルキリー「ああ、よろしく頼む」 はりまおー「で、なんで三日にしたの?」 バルキリー「…お前は、三日以上レオから離れて平気でいられるのか?」 はりまおー「へ?」 バルキリー「…っ!い、いや、なんでもない。大した理由はない。そ、それでは、私はもう行く」 はりまおー「……ふふっ、純情ねぇ」