新しいメンバーが来たら  夕食後のミーティングで。  ゼファーが一つ咳払いをして、皆に聞こえるようにはっきりと言った。 「さて、今日は皆に話しておかねばならない非常に重要な報告が本部から届いた」  なにやら重々しい雰囲気の語りである。その雰囲気に、皆は深刻な話題なのかと息を顰めた。 「実はだ……今月末に、ここBFに新しい人員が一人配属される事に決まった」  しばし降りる静寂。それだけではないと、何か続きがあると期待して待っているのだが――― 「……それだけか?」  たぷり数秒の空白の時間の後、ルシードがやや躊躇った様子で訊ねる。 「ああ」  ゼファーはきっぱりはっきりあっさりと頷いた。 「あの、ゼファーさん……それって、どちらかと言うと歓迎すべき話だと思うんだけど……」  メルフィも、ゼファーの様子が未だにおかしいのが気になっているため、質問の声に躊躇いが見える。 「そうだな」  またも、ゼファーは頷くだけ。そこで、はっと何かに思い至ったフローネが声をあげた。 「まさか、新しい人員が配属される代わりに、誰かがメンバーから外れるとか…」  その言葉に、ゼファーを除いた一同に緊張が走る。しかし、ゼファーこれに対してもあっさりと答えた。 「いや、そのようなことは無い。そもそも、この人員の増加に付いては、最近、魔法犯罪が増加の傾向にあるため、その対策の一環だ」 「…だったら、別に深刻な話じゃないんじゃないの?」  これはバーシアの言。結局ゼファーのはったりかと、口調には多分の呆れが混じっている。 「確かに、メルフィの言った通り、歓迎できる話ではある」 「な〜んだ」  ゼファーのその一言で、ルーティがホッと安堵の溜息を吐いた。同様に、皆からも一様に緊張が抜ける。 「でも、新しいメンバーかー。どんな奴だろうな?」 「あー、できればサポートじゃなく、現場の人間が欲しいトコだな」 「問題を起こすような人じゃないといいけど…」  すっかり安心しきったルシード達は、これから増えるであろう新しい仲間の話をネタに盛り上がっていた。しかし、ゼファーの様子は未だに深刻な雰囲気のままである。 「…そんなことを言ってもいいのか、ルシード?」 「へ?」  いきなり話を振られたルシードは、思わず間抜けな声を返した。 「いいのかって言われてもな……俺だって人員不足は気になってたしよ」 「うわ、ルシードが珍しく室長らしい発言してる!」 「ほっとけ!」  ルーティの突っ込みにルシードはぶっきらぼうに言い返す。だが、それでもゼファーは深刻な顔で、再度繰り返した。 「…よく考えろ。メンバーが一人増えるんだぞ?」  ここまで念を押されては、ルシードとしても真剣に考えざるを得ない。別に今までの発言が適当だった訳ではないが、もう一度じっくり考えてみる。  それでも、ルシードの出した結論はメリットの方が大きいと言うものだった。 「まぁ、確かに、新しいメンバーができたら、そいつがうちの雰囲気に馴染めるかどうか不安がねぇ訳じゃねぇが……それでも、もう一人実動メンバーが欲しかったところだからな。6人になれば、色々とやりようがある」  実動メンバーが6人になれば、戦術の幅が広がるし、3人ずつでチームを分ける事も出来る。後一人居ればと言うのは、実を言うと前々から思っていたことなのだ。  ゼファーは尚も深刻な顔のままだったが…やがて、安心したようにふっと表情を緩めた。 「そうか……お前がそこまで言うのなら、何も問題は無いな」  そして、ニヤリと唇の端を上げる。 「では、ティセのことはよろしく頼んだぞ」  ……………。 『はぁ?』 「…はや?ティセがどうかしたですか?」  ルシード達の聞き返す声と、急に自分の名前が出て驚いたティセの声が重なった。それに対し、ゼファーは淡々と、しかしなぜか楽しそうに答える。 「もう一度言う。メンバーが一人増えると言うことは、そのメンバー用の部屋が新しく必用になるいうことだ」 「ああ、そう言うこと」  バーシアはそこでゼファーの言いたいことに気付いた。一拍遅れて、メルフィも問題に気がついた。 「あっ!うちの事務所は、メンバー用の部屋は全部で8つしかないから…」  それを聞いて、ティセを除いた残りの全員が問題に気付く。 「部屋、全部埋まってるんだよな…」 「どうするの?新しい人が来ても、部屋が空いてないんじゃあ…」  ビセットとルーティが問題に気付いて、顔を曇らせる。ルシードはと言うと、その先のことにまで思い当たり、顔が青ざめていた。  ティセをのことはよろしく頼んだぞ――ゼファーの言ったその言葉の真意が分かってしまったからだ。 「はや?どうしたんですかぁ?」  テイセはまだ事情が飲み込めていない。 「でも、本部の人もいい加減ですよね。部屋が埋まっているのに、その解決案もなしに人員を増やすなんて」  フローネの言葉に、バーシアがぽつりと呟いた。 「埋まってないわよ」 「え?」  聞き返すフローネに、バーシアは嘆息しながらもう一度答える。 「少なくとも、本部の人間は、部屋が埋まっているとは思ってないでしょ」 「え?なんで?」  そう訊いたルーティに対し、答えたのはメルフィだった。やや気まずそうな表情で、逆にルーティに訊き返す。 「今、BFの人員は何名?」 「え?8人でしょ」 「…7人よ」 「はあ?でも、現に8人いるじゃん」  口を挟んできたビセットに、メルフィが答える。 「事務所に居るのは8人だけど、BFのメンバーは7人なのよ。よく考えてみて」 「あ!そう言うことなんですか」  フローネはここで気が付いた。しかし、ビセットとルーティはまだ分からないのか、考え込んでいる。 「え〜と、BFのメンバーって言うと、室長がルシードで……」 「で、オレだろ、ルーティだろ、バーシア、フローネ、ゼファー、メルフィ…」 「ティセ……あっ!!」  そこで、二人は同時に声をあげた。ようやく分かったらしい。 「「ティセだ!」」 「はい?」  急に名前を呼ばれ、ティセは気の抜けた声で答えた。  ゼファーが鷹揚に頷いて続ける。 「そうだ。BFの人員は7名しかいない。だから、本部からしてみれば、一部屋空いていると考えて当然のことだ」  ティセに関しては、ヘザーと言う事は伏せられているが、現在は家事手伝いとしてBFで保護していると本部には報告してある。だが、人事にまでそのような話が回ってきているとは考え辛いし、第一、事務所の部屋は本来ならBFのメンバーに当てられる物であるので、本部からしてみればそこまで気を使う必要は無いのだ。  つまり、これは起こるべくして起こった人事なのである。 「と、言う訳で、早急に一部屋空けなければならなくなった訳だ。しかも、空けるのなら、それはティセの部屋である必要がある」  ゼファーはそこでルシードに視線を送った。ルシードは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。ルーティが驚いて声を上げた。 「じゃあ、それって、ティセを追い出すってこと!?」 「ええっ、ティセ、追い出されちゃうんですかぁ!?」 「あっ…そんなんじゃ…」  ルーティが失言に気付いてしまったと口を抑えるが、時既に遅し。 「ティセは、出て行きたくないですぅ!ご主人さまや、皆と一緒にいたいですぅっ!」 「落ち着け、ティセ」  半狂乱になりかけたティセを諌めたのは、今まで沈黙を守っていたルシードだった。 「ご主人さまぁ…」  泣きべそをかいた顔でルシードの顔を見上げるティセ。ルシードは、ティセに心配をかけさせないように微笑を浮かべていたが、同時にどこか諦めたような表情をしていた。 「ゼファー、続けてくれ」  そして、何もかも達観したような声でゼファーを促す。ゼファーは頷いて続けた。 「無論、ティセを追い出すようなことはしたくない。これは、皆も同じ意見であるはずだ」  ゼファーが一同の顔を見渡す。当然だが、異議は挙がらなかった。 「…さて、ここで俺からも一つ質問させてもらうが、ティセの処遇に関して全面的に責任を負うと言った人物は誰だったか?」  その言葉に、皆の視線が一人の人物に集まった。……ルシードの元に。 「ああ、分かってる。ティセを追い出したりはしねぇよ」 「ご主人さま…」  ティセが安堵と喜びの声を漏らす。だが、ルシードの顔はまだ少し沈んでいる。 「で、ゼファーはこう言いたいんだろ?ティセのことはよろしく頼んだぞってのは、俺が責任もってなんとかしろ、って」 「…フッ、まぁそう言うことだ。無論、俺達も協力はするがな」  ゼファーの口元には笑みが浮かんでいた。協力するといいつつ、彼はすでにティセの処遇をどうするか――ルシードにどうさせるか――を決めていた。例えルシード嫌がっても、そんなことは既に折込済みだ。  ルシードの顔色が優れないのは、それを感じ取っていたからである。だが、彼はゼファーの思惑にのることだけは勘弁したかった。恐らく無駄だとは思いつつ、抵抗を試みる。 「あ〜…悪いけどメルフィ、ティセのことを…」 「却下だ」 「ぐ…」  容赦ないゼファーの言葉に、ルシードはうめく。他の皆はただ黙って二人のやり取りを見ている。 「誰かにティセと部屋を共有してもらうと言うのは、当然のことだが認められない。その者にだけ不平等を強いていることになるからな。新人が来たら、それを見てどう感じると思う?」  正論だった。 「だ、だったら、仕方ねぇから俺の部屋を空ける。俺はしばらくは訓練室辺りで寝てればいいだろ。これなら…」 「却下だ」 「ぐぐ……」 「室長がそんなことをしていては示しが付かないし、第一、それは根本的な解決策になっていない。どちらにしろ、新人から見て、いい光景でない事は確かだな」  ゼファーはまたも容赦無かった。 (こ、この野郎〜)  ルシードは分かっている。ゼファーが何を狙っているのか。  ゼファーもわざわざ確認してきた上に彼自身も認めたことだ。『ティセの処遇について全面の責任を負う人物』は誰なのかを。 「ふむ……よくよく考えてみると、中々いい手はないようだな」 (…くそ、分かっててやってるくせしやがって…)  ぬけぬけと言うゼファーに内心で毒づく。最早残されている道は一つしかない。 「じゃあ、どうするの?」  いつまでも決まらないことに焦れたのか、ルーティが口を挟む。 「そうだな、やはり責任を負うと言った人物が面倒をみるべきだろう。それが一番筋が通る」 「ま、しょーがないわよね」  ゼファーの言いたい事をなんとなく最初から察していたバーシアが、意地悪な笑みを浮かべながら頷く。 「はや?どうゆう意味ですかぁ?」  イマイチ事態を理解していないのか、小首を傾げて頭上にハテナを浮かべるティセに、フローネがそれはもういい微笑を浮かべて教えた。 「つまり、これからティセさんは、センパイと一緒の部屋になるんですよ」 「ほ、ホントですかぁ!じゃあ、ティセ、これからはいっつもご主人さまといっしょに居られるんですねぇ☆」 「ち、ちょっと待て!まだそうと決まった訳じゃねぇだろ!」  慌てて待ったをかけるルシード。こう言う展開になることは最初から読めていたが、だからと言って